不眠

  不眠不休の事態とは限りなく避けたいものである。仕事なり、勉強なり、そこまで切羽詰ってやることは効率的に悪く、なりより精神的によくない。なんでもそうであるが、余裕がある方は誰でもよいに決まっている。そのほうが落ち着くし、焦らずにすむ。
 アリスは、不眠不休であった。元の世界に帰ろうとしたら、無理やりマフィアのボスの妻にさせられ、豪華だがハチャメチャな結婚式を挙げてしまい、そしてその足で夫となった男のベットに連れ込まれた。夫となったものの言だが、新婚の夜くらい新郎に言うことを聞いてほしいということだが、明らかに新婚の夜、初夜は過ぎている。多分、5回くらいは時間帯が変わっているだろう。
 「いい加減、飽きたらどう」
 けだるげに隣でアリスの髪を梳くブラッドに提案をする。本当を言えば、命令でもしてやりたい。だが、惚れた弱み、この顔で囁かれるとなぜか受け入れてしまう。そのせいで、何回時間を無駄にしたことか。彼いわく、情報戦が売りらしいのでここは平和的に話し合いで解決をしたい。
 「つれないな、奥さん。私は今、新婚の幸せを噛み締めているのに、君はそうではないのかい」
 この男はこのような甘い言葉をよく紡げる。けだるげな態度や声が余計に言葉に意味を持たせるところもアリスは気に食わなかった。
 「あんた、そういっていつまでこうしたただれた生活をする気なの。私はいい加減、日の光を浴びたい」
 「昼はだるい」
 だるいと言いながらアリスを抱き寄せる。
 (だるいというならおとなしくしていろ)
 ブラッドは、あまり眠らない。眠っているところを見計らってベットを抜け出そうとしたが、どういうわけか気づかれる。職業柄、人の気配に敏感なのは分かるが、どうやったらそういう技能を身につけることができるのだろうか。
 「君は、自由に飛び回るからね。こうしてつないでおかないとどこに行くか分からない」
 「もう、帰ることなんてできないのだから」
 薬瓶はなくなった。もはや、もとの世界に帰ることはできない。もとの世界に残してきたものはたくさんある。やりたいこともしなければならないこともあっただが、それらすべてに目を瞑ってもブラッドのそばにいることは心地よかった。
 「確かに、君はもとの世界に帰ることはできない。でも、私のもとから離れていくことはできる。君はほかのものから好意を持たれやすいから私のもとから離れることなどたやすい」
 (まるで、不貞をせめられているみたいだ)
 ブラッドの言葉は、仮定だがなぜか現実味を感じる。
 「あのね、私はあんたの妻になったのでしょ。マフィアのボスの妻に手を出す知れ者なんてあなたが、かたっぱしから抹殺してしまうでしょ」
 「もちろんだとも、奥さん。私は、自分のものに手を出されるのは嫌いだ」
 アリスに近寄るものがいたら、それは無残にあの世に行くことになることが察せられた。というか、そんな命知らずなことをする奴はいるのだろうか。
 「まあ、その辺は私の甲斐性とともにおいおい教えていくさ」
 「結構です」
 そんなことをせずとも今までのことから十分に予想できた。
 「君は、私の腕のなかにいるべきだ。そうすれば、悪い考えも起こさずに済む」
 「生活は不規則になり、眠ることはできないのは確実ね」
 アリスの辛らつな評価にブラッドは笑った。そして、悪党のような笑みを浮かべた。
 「そうさ。私のことだけ考えるといい。起きているときも眠っているときもいつでも」
 「あなた、狂っているわね」
 アリスの感想は至極まともで、ブラッドを満足させるものだった。
 「もちろんだとも。私は帽子屋だからね」
 アリスの首筋に唇を寄せる。彼女の体温が上がっていくのが感じられた。
 「でも、一番、狂っているのは私かも。分かっていてこんな男の手をとったのだから」
 「知っているさ」
 ブラッドは、アリスの口を塞いだ。
 「言葉も紡げないくらい私に酔えばいい。そう、もはや眠ることさえ忘れてしまうほどに」
 そういうとブラッドはアリスを再びシーツの波間に沈めた。


あとがき

 なぜか睦言の話になってしまいました。初めてEDを迎えたのは彼でした。情婦発言は自分にはかなりツボにきて回想でリピートしまくっていました。キャラてきにはギャグにもシリアスにも走れるおいしい役なのでまた書きたいと思います。