動悸

 
 女王の庭。
 この国においてたぶん一番赤いものが多い場所であろう。女王ビバルディは赤を好む。赤いバラ、夕暮れ時、城の内装も赤が目立つ。しかし、なぜ、庭に一番赤いものが多いと言えようか。本来なら、バラの花びらの赤よりもバラの葉である緑が多いはずである。
 「アリス、どこですか。出てきてください」
 もはや、日課となりつつあるペーターとの追いかけっこ。いつも、ペーターがオニといえる追う役で、アリスが追われる役ということは変わることはない。その逆のパターンが起こることはまずないのだから。
 「チィ、まずいわ。このごろストーキングが定着しつつある」
 ペーターがアリスを探すのは日課。ゆえに、城の人たちもすでに慣れたのか、アリスの行方をペーターに教えてしまう。そうでなくても、
「知らない」とか「分かりません」とか宰相閣下に答えようならば、すぐさま銃が放たれようものである。
 アリスは植え込みに隠れながらペーターが過ぎ去るのを待っていた。
 「宰相閣下、お時間が…」
 「うるさい」
 不機嫌なペーターはまたもや兵士を撃ち殺した。勇気ある(本来ならいらない勇気であるが)兵士がバタリと倒れる。すでに、五人ほどの兵士がペーターの不満の餌食となっている。この立派な庭は、いまや紛争地帯もびっくりな激戦地の様相を呈している。ビバルディの好む赤一色の世界になっている。
 (はー。やっぱり出て行かないといけないかな)
 これ以上、ペーターの理不尽な不満の餌食になる兵士が増えるのもかわいそうである。それ以前に私の心臓が恐怖で止まりそうだ。
アリスは意を決って出て行こうとした。
 「あ〜、またペーターさん、こんなに殺して」
 場に似合わぬ声がかけられる。
 「エース、お久しぶりです。今度の旅も長かったようで。同僚として心配していましたよ」
 「そうだっけ。う〜ん、たぶん80回くらい時間帯が変わるくらいだったと思うだけどな」
 「100回は変わっていますよ」
 ペーターがすかさず訂正を加える。というかまた壮大な迷子生活を送っていたのか。
 「まあ、そんなことよりいい加減、部下をどんどん殺すのをやめてくれないか。代わりがいるからいいけど、この城の軍事責任者として困るよ」
 「いいじゃないですか、代わりはいるのですから。それにあなた、いつも城にいないじゃないですか。こんなときだけ、責任者ヅラするのですか」
 「確かに、俺は迷子で城にいないけど、このごろさ、よく迷子先で刺客に襲われるのだけど、なんとそいつらを締め上げたらペーターさんの名前が出てきたんだ」
 また、刺客を送ったんだ。ペーターのエースへの嫌がらせはエスカレートしつつある。刺客など嫌がらせですまないものであるが、実際、エースは強く、なんなく撃退する。刺客が嫌がらせ程度ですむのはこの二人だけであろう。
 「いや、こんなことをしても俺たちの関係が壊れることなんてないのにさ。あんまり、しつこかったから思わず、殺してしまったよ」
 「誰でしょうね、僕も恨みを買いやすいですからきっとそいつらのせいでしょう」
 二人とも乾いた笑いをする。エースのおかげで、アリスは出て行かずにすんだが、反対に冷戦をひきおこしているようだ。遠巻きから、兵士たちが青い顔をしてみていた。
 
 「アリス、アリス」
 呼ばれた気がして、アリスが振り向くとビバルディがちょこんとアリスの後ろにいた。いつもの威厳さを残しながら、アリスと同じように隠れているのが似合わなくてかわいい。
 「ちょっと、ビバルディどうしたの」
 「政務をしておったらイライラしたから逃げてきた」
 予想された答えが返ってきてアリスは盛大なため息をついた。
 「なんじゃ、わらわがきたのにため息をつく。これから面白くなってくるぞ」
 ビバルディは、アリスを脇からにゅっとペーターたちをみる。二人の舌戦はどんどんエスカレートしていく。前から思うのだが、彼らは本当に同僚なのか?
 「ビバルディ、二人を止めてきたら」
 一応、彼らの上司といえるビバルディに提案をしてみた。アリスの予想通り、「いやじゃ」の一言で却下された。
 「なぜ、わらわが、あやつらの仲裁なぞせんとならん。そもそも、あやつらのいさかいの発端はアリス、お前だぞ」
 正論すぎてぐう音も出ない。不満そうだったビバルディは突然なにかを思い出したかのようにアリスを見た。
 「アリス、よいぞ。わらわが、あやつらを治めてやっても」
 「ホント」
 「他ならぬアリス、お前の頼み、わらわが、聞いてやろう」
 ビバルディは隠れていた茂みから立ち上がり、ペーターたちが言い争っているところに歩いていった。
 「『お前たちうるさい』とアリスが言っておったぞ」
 威厳たっぷりにビバルディが言う。
 「女王陛下、アリスの居場所を知っているのです」
 「ああ、知っておるぞ。先ほどまでわらわと遊んでおったからの」
 露骨にペーターは嫌な顔をした。最近、ビバルディと仲良くしていることをペーターは好まない。ペーター曰く、「こんなやつといると倒錯的になる」らしい。
 「アリスもかわいそうな。こんなうるさいものどもに好かれて、犯罪者みたいに追われているみたいだと嘆いておったぞ」
 (そのとおりよ。ビバルディ)
 「わらわに泣きついてきたからの、甲斐甲斐しく慰めてやった」
 意味ありげにビバルディが微笑む。
 「陛下、アリスになにを……」
 「そこは、それじゃ」
 ペーターの顔は青ざめていく。なにか多大なる失礼なことを思ってくれているようだ。
 ペーターは挨拶も告げずに、走り出していた。なにやら、アリスを守るとかどうとか言っていたが。
 「さすが、女王陛下。部下の扱いなれていますね」
 エースがさわやかに評価を言う。その胡散臭い笑みを嫌そうにビバルディは見た。
 「お前に誉められても嬉しくはないわ」
 「まあ、今日のところは陛下の勝ちかな。じゃあ、また今度は俺と遊んでよ、アリス」
 エースは爽やかにまたあらぬ方向に去っていた。
 「ありがとう、ビバルディ。あなたのおかげで死人がこれ以上増えないわ」
 アリスは茂みから這い出てきた。
 「そうか、死人が増えてもわらわは困らんが。」
 「そこは、困ろうよ」
 アリスの指摘をビバルディは無視した。つかつかと近寄ってくるとアリスの手を掴んだ。
 「さあ、わらわはそなたの願いを叶えた。次はそなたがわらわの願いを叶える番ぞ」
 「ええ〜。これって報酬制なの」
 「あたりまえじゃ。女王を働かせた報酬高くつくぞ」
 アリスはビバルディに引きずられていく。
 「さあ、何をして遊ぼうか、アリス。たっぷりと時間はあるぞ」
 ビバルディはにっこりと微笑む。普段と違う少女のような笑み。その笑みに不安を感じるアリスなのであった。
 

あとがき

 難しいです、女王さま。彼女の口調とかいまだに掴めていません。でも、ビバルディは、姉さんみたいで頼りになるところがかっこいいです。