「ああ、やっぱりこうなるのね」
アリスは、盛大なため息をつき、自らの軽率さを呪った。二人について行って平穏無事に帰れたほうが少ないということを。
天気のよい昼下がり(というか天気の悪い昼が少ない)、場面的には、子供の笑い声が聞こえてきそうなほどの快晴だった。いや、笑い声はしていた。うれしそうに笑う通称『ブラッディ・ツインズ』と物騒な名前を付けられた双子の笑い声がしていた。それとともに、なぜか悲鳴やら、物を切り裂く音やら、仕舞いには銃声も聞こえる。
(そう、これは夢よ)
アリスは目の前で繰り広げられる惨劇を夢だと思うようにした。
「遅いよ、兄弟。そいつは僕がいただくよ」
「え〜、ずるいよ、兄弟。そいつのとどめは僕がさすよ」
ディーとダムはおもちゃを取り合うように言い争っている。言い争っているには、剣呑としたもので、声だけ聞けばかわいらしいものだ。
そう、声だけ聞けばだが。
二人が取り合っているものは、血まみれのハートの城の兵士であり、すでにぐったりしている。彼のほかにも二人の周りには、血まみれの兵士たちがごろごろ転がっている。
「あー。僕らが話している間にこいつ死んでいるよ、兄弟」
「ほんとだ。こいつ根性ないよね、兄弟」
(根性なんて関係ないのでは。そもそも、こんなことをされれば誰でも死ぬわよ)
アリスも心の中で双子につっこむ。出血多量(それもかなりヤバめ)で5分以上も放置されたら誰でも死ぬ。双子にあった時点で彼の人生は終わっていたのだろう。
「でも、どうしようか、兄弟。こいつが勝手に死んじゃったせいで、どっちがやったことになるにかな」
「う〜ん、どうしよう。こいつに聞けば早いけど、こいつ死んじゃっているし」
二人で悩んでいるいる姿はかわいい。そばに行って抱きしめたいくらいだ。だが、そばに行けば確実にこの大量殺人の犯人に仲間入りできそうだ。
「そうだ。お姉さんにどっちがやったのか決めてもらおうよ、兄弟」
「それはいいね。お姉さん、ずっと僕たちのことを見ていたからきっと知っているだろうし」
二人は、駆け寄ってくる。本当にかわいい。でも、二人の手にはずるずると兵士を引きずってだが。
「ねえねえ、お姉さん。こいつどっちがやったと思う」
ダムがおっとりと話しかけてくる。
「ずるいぞ、兄弟。お姉さん、こいつは僕がやったよね」
負けじとディーがぐいぐいと死体を掲げる。
「いや、私に言われても……」
なんとか押し付けられる死体からアリスは身をかわした。
「えー。見ていなかったの、お姉さん。僕ら、お姉さんのためにこいつらを殺したのに」
「兄弟、きっとお姉さんは、こんな殺し方じゃ満足できないんだよ。もっと凝った方法じゃなきゃ」
「そうか、兄弟。きっとつまらなかったのか。だめだよね僕たち、こんなことじゃ、お姉さん飽きちゃうよね」
双子は、どうやらアリスの言葉を誤訳した。
「もっと、いっぱい、いろんな方法で殺さなきゃ、お姉さんには僕らの愛は伝わらないのだよ」
「そうだね、もっと僕たちがんばらなきゃ。お姉さんには伝わらないよね」
「いえ、十分伝わっていますから」
これ以上、惨殺現場の経験は必要ない。これ以上経験すれば、検死官もびっくりなほどの場数が踏めそうだ。
「じゃあ、どうしよか。お姉さんの意見だと、僕たち二人がやったことになるらしいよ」
「どうしようか。これだと同数になるよね」
「ああ、分かったよ、兄弟。二人でご褒美をもらえばいいのだよ」
「そうだね。同数だからいいよね」
二人は納得した。
「「お姉さん」」
二人の声は、うまいことハモる。
「「僕らにご褒美をちょうだいよ」」
「ご褒美?」
アリスはきょとんとなる。
「そう。こいつらはお姉さんのためにやったの。こいつらの数だけ、僕らのお姉さんへの愛だよ」
(私にそんなハードな愛はいらない)
アリスは言葉を飲み込んだ。この二人にとっては、恋に溺れた少女がクローバの葉を数えて遊ぶのと同じで、ただそれがかわいらしいと逆のベクトルに進んだだけだ。
二人は、ご褒美、ご褒美といって詰め寄ってくる。しぐさは何度も言うがかわいい。おねだりされても何でもしてあげたくなる。しかし、手に持つ銃やら、斧のせいで強盗に迫られている心境だ。
「わかったわ」
アリスは観念したのか、腰をかがめて、ディーとダムの頬にキスをした。これ以上、メルヘンな気分にもグロテスクな世界にも浸りたくはない。
「えー、これだけなの、お姉さん」
「そうだよ。これだけなの」
案の定、二人から不満の声が上がる。
「今日は、これだけよ」
アリスは、なるべく強めに言った。反論させればあとが怖いからだ。
「今日は、これだけらしいよ、兄弟」
「じゃあ、次はもっとすごいんだよ、兄弟」
「そうだね、お姉さんにもっと喜んで貰えるように次もがんばらなきゃ」
「お姉さんも期待しているみたいだし」
ディーとダムは、同じ顔でにっこうりと笑う。その反対にアリスは青ざめた。またしても、かってに誤訳していく。
「「次も楽しみにしててね、お姉さん」」
二人の声がハモる。
アリスは震えた。これから一体、私の体はいつまでもつだろかと。
あとがき
双子の話を完成しました。初めの紹介どおりの残忍さで楽しかったです。個人的に、エースとのからみが楽しかったです。