語るにたる物語

 
 人の好き嫌いは誰にもあることだ。例えば、ライル=スルーマンという私は子供が嫌いである。子供いうカテゴリー全体を嫌うのは、普通なら問題である。普通の人ならある特定の性格の子供が嫌いというのが、多いのだが、子供という集合を嫌うことはまずい。もしかしたら、子供の中にもライルが好きになるものもいるのではないかと問われたことがあるが、ライルにしてみれば、昆虫がだめとか、爬虫類がだめという奴らと同じで子供が嫌いなだけである。
 里帰りを果たしたライルは、母の勧めで王宮仕えを始めた。気ままな旅に比べれば、窮屈きわまりない王宮だが、友人の言葉を借りれば、スリルはあった。悪党の国といわれるギルカタールの王宮なだけあって、王宮内は、悪人のライルを満足させるものだった。毎日、暗殺や謀殺が数多く繰り広げられる。少しでも気を抜けば自分もたやすく屠られる。旅でも滅多に味わえない感覚に酔いしれていた。

 しかし、ライルの人生は目の前に座る王妃ラスティアの一言で大きく変えられようとしていた。

 「王妃様、もう一度言ってくださいませんか」
 「まあ、ライル同じことを二度も聞くなんて耳が遠くなったのですか」
 意地悪くライルの言葉をはぐらかした。いつもどおり、ライルは王妃に謁見をし、王妃はいつもどおりギルカタールらしく命令をする。
 「ライル=スルーマン、明日からアイリーンの家庭教師をやってもらいます」
ライルは、無礼を承知で王妃を見上げた。許可なく顔を上げることは、礼儀に反するものであるし、まかり間違っても不敵に微笑む王妃の顔を見たいわけではない。だが、礼儀に反しようが、見たくない顔を見ようがこの命令だけは何としても回避せねばならなかった。

 クソガキの世話を押し付けるとは……

 ライルは声こそ出さなかったが、顔には不満が表れていた。プリンセス・アイリーン=オラサバルは、国王の一人娘であり、現在一番王位に近い存在である。その資質は盗賊王の娘に恥じぬものと聞こえる。最近、どうやら反抗期らしく家庭教師をとっかえひっかえしているらしい。その問題児をライルに押し付けようとは王妃は人がかなり悪い。
 「王妃様、私にそのような大任をお任せとはありがたいことですが、国王の一人娘たるお方にお教えするほどものを私はもってございません。どうか、このお話は他のお方に」
 かなり遠まわしな言い方をしたが、簡単にいえば断ると言っていた。王妃はライルの言葉を聞くと高笑いをした。王妃の笑い方は独特で嫌味なものとして知られていた。
 「ライル=スルーマン。私はただ、家庭教師を命じているだけよ。むろん、今までの仕事もしてもらいますが、家庭教師をメインにしてほしいだけ。今の私の望みはアイリーンを立派な後継者としたいだけです」
 王妃はライルをみてニヤリとする。ライルはその顔を見て心底、気分が悪くなった。
 王妃の言うプリンセスの家庭教師という役柄は名前以上に重要な意味が込められていた。幼少の王族の教育とは、王制を敷く国家にとっては重要な事柄の一つだ。後継者をいかによく育てられるかこれは国を治めること以上に難しい。これが失敗して滅びた国などごまんと存在する。ゆえに、諸国を放浪したライルが選ばれることなんら不思議なことはなく、それだけの力があることはライルも自負している。しかし、王妃の言葉はそれ以外の言葉も含まれていることが示されている。プリンスの家庭教師なら、ライルはすぐさま受けたであろう。プリンスであれば、長じてもライルに対するものは敬意として育つが、プリンセスとなると話は違う。女であるがゆえに、敬意から恋情への変化である。それでなくても、家庭教師となると一日の大半を共に過ごす。子供が嫌いなライルにとっては懐かれるだけでも苦痛である。
 王妃の狙いは巧妙に仕組まれようとしていた。王妃から少なからず信頼を受けているのは気づいていたが、まさかこのような形で束縛をうけようとは思わなかった。
 「ライル、あなたは賢いわ。私の意図を正確に理解できる数少ない人間。私がすべて言わずとも分かるでしょう。でも、今はあの子の家庭教師で十分よ。それにあの子に気に入られなければ家庭教師の話はなし。あなたは、子供嫌いだし多分あの子もあなたを嫌うでしょうから」
 ライルは押し黙った。少しの沈黙を共有した後、苦々しく「承知しました」と告げ、早々に王妃の前を辞した。それでなくても、胸糞悪く、これ以上王妃の顔も高笑いも聞きたくなかった。
 王妃はライルが去った後、ライルが予想したとおり高笑いをしていた。全ての種は撒かれた。あとはライルとアイリーン次第だ。自らにできることは種を撒くだけ。それ以上のことはする気にはならなかった。これは、王妃としての自分と母としての自分の勝負でもあった。王妃としてアイリーンには良き後継者となってもらいたい気持ちがある。そして、母としてアイリーンに幸せになってほしい気持ちもあった。
 「これは賭けね」
 ラスティアは一人謁見室で呟いた。アイリーンが成長したのち、誰の手を取るのであろうか。アイリーンがライルの手を取ることは王妃としての自分の勝利であり、他の男の手をとることは母としての自分の勝利であった。
 すべては、アイリーンが成長し、愛するものができるときラスティアの勝負は決まる


                                     「さあ、はじめましょう。語るにたる物語を」