Traeume sind Schaeume.(夢は泡である)


 軍馬の嘶きがあたりにこだましている。
 燃えさかる炎は地上のものを焦がしつくし、天をも焦がそうとしている。戦を生業としているものにはひどく平穏な風景であった。
 地獄絵図のような風景でもオーロフにとっては、なんの感慨もうかない風景であった。
 ただ、いつものように眼下の風景を見ていた。
オーロフは、王の試練の後、ターブルロンドを離れた。
 黒貴族を倒し、父の解放を成し遂げたオーロフは放浪に身を任せ、諸国を歩き回った。そのままターブルロンドに留まることもできた。だが、そうすることはなかった。父との思い出の地にいることが辛かったのか、それとも好意を抱いていたあの王女がいずれ誰かの手を取るのを見るのが嫌であったのか、オーロフは、かの地に戻ることはなかった。
 一年と少したったころ、オーロフはゲルツェンに身を置いていた。ゲルツェンはもともと黒貴族が支配していた土地であったが、自らの力で独立を果たした経緯がある。それゆえに、闇の者に対して風当たりが強いが、ここ近年ゲルツェンは、国王派と王弟派の対立により、国内は不安定で反乱の類が多い。それゆえに、腕っ節の強い闇の者は重宝され、人狼であるオーロフも騎士として遇されていた。

「ヴォルフ将軍、村々の制圧完了しました」
「わかった。即刻、第一師団は撤退を開始。遅れるなよ。ぼやぼやしてたら、紅の獅子に食われるぞ」
 いたずら者のような笑みを浮かべて、部下に命令を下した。オーロフが指揮する騎士団は黒貴族死後、ターブルロンドから流れてくる闇の者で構成されている。表向きは、ゲルツェンの国軍の一つであるが、現政権を支配してる王妃リリアのもと、闇騎士団には、このような表向きではない仕事もあった。
 今回の任務も闇の者の反乱と見せかけて、ターブルロンドの国力を削ぐ作戦であった。ターブルロンドの寒村を闇の者が襲う。これ自体にたいした意味はない。オーロフたちはあくまで陽動であり、ターブルロンドの騎士たちを分散させるためにターブルロンドのあちこちでこのようなことを繰り返している。
 最後に燃え盛る村をもう一度見た。この光景にまったく良心が痛まないわけではない。王の試練のときフィーリアのために守った土地を踏みにじるのはやはり悲しい。
「夢はいつか覚める。あの懐かしい光景も、時間も泡のように消えるさ」
「なにか言いましたか?将軍」
「いいや。ひとりごとさ。どっちも悲しいだけってことを思っただけだ」
 泡のごとく消えてゆく夢。
 フィーリアとの美しい思い出をいっそ、この炎のようにかき消せないだろうか。そうすれば、泡が消えゆくわずかな時間を経験しないですむのだがとオーロフは思った。
 黒煙はいまだ上がっている。

 泡と違い、炎の残すのは灰。彼らには、いったいなにが残るのだろうか?
 女王フィーリアの御代、最大の国難の舞台が上がるまであと少し……。