Wo Licht ist, da ist auch Schatlen.(光あるところ必ず影あり)

 
 まだ、夜は明けていなかった。しかし、人々は目覚めていた。
 王都ロザーンジュの市民たちは広場に集まり、太陽はまだ昇らないので市民が持ち寄った木をくべ、暖を思い思いにとっている。
 ターブルロンドは先年から王の試練という内乱状態だった。ことはターブルロンド国王レーギス崩御から始まり、唯一の王女フィーリアとその王女の継承権を認めない一派の政権争いによってますます世の中は混迷していった。はじめは誰しも貴族の決闘のようなお祭り騒ぎであった。むろんそれは協会が厳しくこの継承戦争に介入してきたおかげで流血沙汰になるとは考えられなかった。それは皮肉にも貴族たちの王の試練は流血沙汰になることはなかった。
「夜が明ける」
 広場に集まった男が東の空が明るくなり始めたことに気づき、ぼそりと呟いた。その声に反応し、人々は広場に設置された巨大な構造物を見上げた。

 王の試練は暴力の禁止という条項のためある意味では平和的であった。しかし、別の意味では陰惨という状況を招いた。王の試練に参加したものは情報というものを駆使し、工作という形で戦争を始めたのだ。確かにこの方法は協会の意思にも背かない。この最大の武器を手に参加者たちは水面下の戦闘を繰り広げた。流言や悪評といったものから醜聞にいたるものまであった。その効果はじわじわと現れ、物価が一年の間で天と地を行ったり来たりした。それに加えて蛮族の侵入、炎狼の出現、盗賊の増加、疫病の蔓延などの社会不安がターブルロンドに覆った。
 人々は恐怖におびえ、権力者に助けを求めた。しかし、そのか弱き存在に手を差し伸べたのは協会だけだった。人々は怒った。弱きものを守るものがその責を果たさず、権力ゲームに耽溺している。だれが言い出したか分からなかったがいつの間にかその言葉は民衆の間で自明のこととして認識され始めた。
 リベルの領主が搾取のしすぎで市民にその座を追われたことを皮切りに、圧政をしていたもの、悪評があったものなどが民衆の手でどんどんと革命という手段でその座を追われていった。そして、革命は王都ロザーンジュにも及んだ。人々は王女に政治の開放を訴え、その願いが聞き届けられないと知ると、武器を手に王宮に詰め寄った。

「夜が明けるのね」
 王宮の一角、その場所にフィーリアは軟禁されていた。すでに自らの部屋に帰ることさえできなかった。下級兵士にこの部屋は厳重に見張られ、ねずみ一匹逃げ出せない状態だった。
 フィーリアは今日、夜明け前に処刑される。それは三日前に通告された。罪は国内に内乱を持ち込んだということだった。市民の蜂起は協会の介入を招き、略式裁判でフィーリアは死を決定された。弁明も弁解もさせてもらえなかった。一方的な告知というようだった。

 トントン。
 ノックの音ともに仮面の男が入ってきた。
「お久しぶりです、王女フィーリア」
 協会の司教ウィーギンティは透明感のある声でフィーリアの前に現れた。フィーリアはその来客者に目もくれなかった。
「扇動者が何か御用かしら?」
 フィーリアは窓の外に目を向けたまま、ウィーギンティに答えた。
「王女フィーリア、我々協会は扇動者ではありません。すべては人の子らのため良い社会を作るための先導者であり、扇動といったことはわれわれは行っていません」
「嘘よ!私は知っているわ。あなたたちは、はじめからこの内乱を利用するつもりだったことを。このターブルロンドでは協会の勢力が弱く、人々に対する影響力は少ないもの。あなたたち協会は王の試練には不介入を装いながら、既存の権力を戦わせ、弱らせていった。そして、国民には不安を煽り、危機意識を持たせ、そしてその手に武器を取らせたのよ。そうね、いくら騎士が強くともすべての国民を相手にすることはできないもの。うまい方法だわ。あなたたちは、影で多くのことを利用したのよ。人を目覚めさせるということはこういうことなの。ねえ、司教さま、これがあなたのいう『人の子らのためなの』」
 フィーリアは表情も読み取れぬ存在を見据え問うた。
 フィーリアは表情が見えないということをはじめて恐ろしいと思った。仮面の下はどのようなことを思っているのだろう。フィーリアはさきの指摘は本当のことだと自負している。協会は確かに利益などというものを求めている存在ではない。そこに流れるものは善意というものだ。しかし、裏のない善意ほど怖いものはないと思う。協会の言う人の子らの未来とはこの仮面のようになにも読み取れず、その実は意味もないものなのではないかと。
「王女フィーリア。それはあなたの妄想であり、われわれ協会はあなたの破滅を望んだりしません。国民の蜂起を招いたのはあなたがたの過失であり、それを協会に押し付けるのは無理があります」
「それ以上は言わなくて結構よ。」
 フィーリアは一方的に司教の言葉を打ち切った。そして、椅子から立ち上がった。
「処刑の時間なのでしょう。早く行きましょう。もうあなたとお話することはありません。私が話したかったことはすでにもう誰にも届かないのだから」
 またドアをたたく音がし、兵士が入ってきた。フィーリアは兵士に連れられていこうとした。
「ねえ。あなたがこの時間を選んだの」
 すれ違いざまフィーリアは聞いてきた。ウィーギンティは「はい」と答えるとフィーリアは笑った。
「本当にあなたたちは最悪ね。私の死を人々の夜明けとするつもりなのね。でも果たして夜明けとなるのかしら。もしかしたら人々の夕暮れかもしれないわね」
「おっしゃる意味がわかりません」
「いいのよ。一生分からなくて。あなたたちの示す未来が、人々の目覚めとならんことを」
 フィーリアは司教の仮面の暗い穴を見据え、処刑場へ向かった。

 ターブルロンドの歴史書にはフィーリアの最後の言葉がこう記されている。
 『光あるところの必ず影あり。
 これもまた歴史の一つの姿となる。
 さあ、彼らが示す未来はどのようなものになるのでしょうね。
 そこであなたたちは目覚めるのかしら。それとも眠りにつくのかしら』と。