Liebe macht blind.(愛は盲目)

 
 薄暗い階段をおり、粗末なドアを押し開ける。
 オーベルジーヌは屋敷の秘密部屋に入ってくると、手に持つランプの光を消した。
 その部屋は俗にいうと牢獄という場所であるが、牢獄には相応しくないものであった。決して広い部屋ではないが、その辺の貴族の屋敷が霞んでしまうくらいの調度品や美術品の数々がこの部屋を彩っている。
 この部屋をオーベルジーヌはサロンと呼んでいた。彼の趣味の粋を集めた部屋。まるで子供が作る秘密基地のような響きだが、それもただの秘密基地ではない。彼の祖、聖騎士ウラジミール以来、芸術に造詣の深いベルジュロネットの領主たちが作ってきたいわば歴史だった。
 オーベルジーヌは深緑色のソファーに座った。そこまでも品ではないが、品のよい緑色だったので衝動買いしたものだ。
 オーベルジーヌはソファーに座るもう一人の人物の髪をすいた。オーベルジーヌ以外のこの部屋、唯一の住人フィーリアは眠っていた。オーベルジーヌが触れているのにフィーリアは起きない。
 オーベルジーヌは目覚めないことに少し残念と思いながら、フィーリアの黄金色の髪を梳きづけた。フィーリアがここの住人になって日は浅いが、この部屋の住人に相応しいようにオーベルジーヌはフィーリアを彩った。今、纏う装束もオーベルジーヌが手ずから合わせたものだ。
「ねえ、フィーリア。未だ世界は君を探しているよ。さっさとあきらめてほしいものだ。君は僕のお人形さんになったのだから」
 オーベルジーヌは眠るフィーリアに優しく囁く。その言葉に反応するわけではないが、手に触れる温かみがなによりも答えだった。
 外界は未だ王の試練が繰り広げられている。フィーリアがオーベルジーヌに囚われてしまったが、王宮のものは未練がましく諦めていない。フィーリアの行方を必死に探し、領地に間者を多く潜入させてきている。
 だが、どう繕っても王の試練は終わりだ。すでにオーベルジーヌは宰相と取引をし、フィーリアの身柄の承認をうけた。フィーリアの王女という身分からあの古狸がなにもしてこないとは考えられないが、それでも行動を起こすまでの時間はまだ遠い。
「フィーリア、君はなにも考えなくていいよ。僕がきっと君を守ってあげるから。君はここで目を瞑って僕の愛を感じていればいいよ」
 そうこんな風に眠っているといい。僕のコレクションたちと同じようにこの部屋で待っているといい。僕だけのために。
 
 未だフィーリアは目覚めない。
 その瞳が開くときそれは、愛の始まりか、それとも終わりなのか。
 それはまだ誰も知らないお話。