Gegensaetze ziehen sich an.(相反するものは互いに惹かれ合う)


 空には幾多の星が輝いている。
 フィーリアは部屋のテラスから星見をしていた。フィーリア自身は星を見て詩を吟じるとか占いをするというような趣味はない。ただ、星を眺めることしかできない。そこから何かを見出すという能力はないことを嘆いたことはないが、こういうときそのような能力があればと思うことはあった。
 今、フィーリアの周りは不安だらけだった。父王の死、兄の失踪、そして宰相の反乱と、気の休まる日はない。毎日、配下の騎士に工作を命じ、領主たちに親書をしたため、執政官の報告を聞く。どんなに万全にしていても不測の事態とは起きるもので、いつも夜遅くまで執政官と議論をするということも珍しくなかった。
 だが、ここ最近はやっと落ち着きを見せつつあった。領主の支持を半分取り付け、宰相と拮抗できるくらいの勢力を維持できるようになった。
「でも、物事はうまくいかないものね」
 万全にいっているときほど、予想外のことが起きると心身の打撃は大きくなる。
 英雄ジークムントに討伐されて以来、沈黙していた黒貴族が王の試練に名乗りをあげてきたのだ。「なぜ」と多くの人々は思ったし、フィーリアもそう思った。歴史を鑑みても、黒貴族は人の支配などに興味があるとは思えない。支配したいのならもっと早くからできたし、いつでもそのチャンスはあった。
 それに支配とは根本的に思想がなくてはできないとフィーリアは考えている。王の試練を始めたころ、フィーリアには思想なんてなかった。ただ、いい国にしたいという程度の漠然とした目標だったが、政務をこなすにつれてはっきりと思想というものの必要性を理解するにいたった。思想――とは相手を理解させるための主張だ。善、悪というよりも政治に携わるものが持たなければならないカラーという感じのものだ。宰相はその点長く政治に携わっていたため、フィーリア以上にその重要性も効果も知りえている。
 だが、黒貴族に支配もとい政治などに興味があるとは思えない。彼には力も知識もあるが、意思が感じられなかった。まるで、最後の1ピースが欠けたパズルのように全体が見えないもののように思えた。
 フィーリアは手にあった報告書に目を落とした。
 フィーリアは黒貴族の参戦の報を聞いてすぐ、屈強な騎士をマンハイムの国境沿いに展開した。騎士以外にも密偵も飛ばした。どのくらの効果が認められるか分からない。千里の彼方を見通すと言われる黒貴族にどこまで通用するかわからない。しかし、どんなことしても黒貴族に負けるわけはいかなかった。フィーリア自身、なぜここまで黒貴族に対抗意識を燃やすのかわからなかった。
 フィーリアはまた星を眺めた。
「きっと私はこの星のように負けたくないのね。すべてを隠す夜の闇に負けない星と同じで光っていたいのね」
 黒貴族はこの夜の闇のようだ。すべてを隠してしまえる力がありながら、決してそれが自らの意思ではない。その力の一分でも自分にあったらとフィーリアは考える。
「さあ、どこからでもかかってきなさい。私はこの星のごとくに簡単にかき消される存在ではないわ」
 騎士のごとくフィーリアは夜空に戦線布告をした。