摩天楼フォール

 注意!
 フィーリアがすでに子供を生んでいる設定です。
オリジナルキャラが出てきますので、いやという方は、回れ右でお願いします。
大丈夫な方は、そのままスクローズを。



























  蒸し暑さが去り、待ちに待った秋の訪れはターブルロンドのこれからを表しているようだった。
 女王フィーリアは、豪奢な天蓋に覆われたベットに横たわっていた。即位して50年、御歳65才を迎えた女王の治世は栄光という一言につきた。創業と守成を同時に成し遂げる君主は少ないが、女王フィーリアはその二つを難なく成し遂げたように思えた。あどけなく、可憐で、慈悲の心に満ちた女王。それは、息子アレクセイの目から見ても確かだった。彼女は国民から賞賛され、騎士からは忠誠を誓われ、領主からは信頼された。彼女の行くところ、「我が薔薇の女王(La reine de ma rose)」という声は尽きることはなかった。
 だが、偉大な女王にも死が訪れようとしていた。偉大な女王も歳には勝てなかった。夏の暑さが彼女の体力を奪い、ベットに彼女を縫い付けた。
 日に日に細くなっていく体、容態に青くなっていく医師、すでに終わったかのように彼女を讃える詩人の詩歌をフィーリアはいつもと同じように面白そうに眺めていた。こんなときでもいつもと変わらない母をアレクセイは理解することはできなかった。
 ついに医師から予断が許さないというときになった。医師はこれまでになく、青くなり国王であり、息子のアレクセイに弁明した。人はいつか死ぬ。医師は永遠を約束するものではない。彼らは何を弁明しているのであろうか。偉大な女王は死なないとでも思ったのか。
 アレクセイは、医師たちによくやったといい、弁明を切り上げてフィーリアの部屋に赴いた。


 「アレクセイ以外は外しなさい」
 アレクセイが入るなり、フィーリアはすべてものを下がらせた。部屋にはフィーリアとアレクセイのみとなった。
 「死の瞬間は静かと言うけど、案外騒がしいものね。侍女がすすり泣く、医師が青くなる、ああもオロオロしている姿は滑稽を通り越して愚かよ」
 アレクセイは母の視点の違いをあらためて驚いた。
 フィーリアから位を譲られて、10年になるが、フィーリアには敵わないと思う。フィーリアは在位中、三つのことを成した。おそらく、ターブルロンドの歴史にこのことは長く偉業として留められることになる。3つの国を征服し、権力を中央集権化し、人々に農業以外の産業を与えた。ターブルロンドはこれからフィーリアの引いたレールを走っていく。それが、フィーリアという人間が死んでもしまっても。
 「もう私も長くないみたいだし、あなたが聞きたいこともあるでしょ」
 フィーリアはそっと息子の手を握った。
 「これは、ただのお話。そう過ぎ去った過去のお話よ。夢見る女の子のお話」
 アレクセイは息を呑んだ。
 アレクセイの出生。
 これから、フィーリアはアレクセイがずっと知りたかった真実を話してくれようとしているのだ。
 息子の様子にフィーリアはクスリと笑った。そして、御伽噺をするように語りだした。
 「あれは、王の試練の前日だったわ。私は愛した男に胸のうちを話したの。私は人並みの女の子で、まさかそんなことをいうとは思ってなかったみたい、そのとき初めて驚いていたわ。もちろんよね、普通の女の子が『永遠の戦場を与える』なんて言わないわ」
 「母上の改革はすべて自分のためだったのですね」
 「ええ、そうよ。そうでなければ、あそこまでやらないわ。自分のためだから、ひどいと言われるようなこともやったわ。そうまでしても、ギィを留めておきたかったわ」
 フィーリアはうっとりとしていた。
 アレクセイは、母親から語られた名を思い出していた。自らの父親の候補としては考えなかったことはなかったが、あの恐ろしいものが父親であったとは。
 「死の騎士」と言われたギィは三つ目の国を滅ぼしたと同時に姿を消した。幼いころ、一度だけ見たことがあったが、似ているとは思わなかった。アレクセイはフィーリアの血を強く受け継ぎ、父親の要素を推測することはできなかった。それゆえ、貴族の噂は好奇心をかきたて、ひどく傷ついたこともあった。
 「私は、望みどおりに生きてきたわ。そのため、あなたを傷つけてしまったわね」
 フィーリアはアレクセイの髪を子供のときのように撫でた。
 「私の時代は終わるわ。そのあとはあなたが好きなようにしなさい。彼は死ぬまでは私のものと言ったわ。私は最後まで願いを叶え続けることができた」
 フィーリアのこんなにうれしそうな姿にアレクセイは苦い気持ちになった。これまでに愛される父、ギィの存在を疎ましく思った。「薔薇の女王(フィーリア)」にここまで愛させた男。
 アレクセイは、以前流行ったある詩歌を思い出した。それは、フィーリアを題材にした劇の一説にある。


 Tous hommes ne peuvent pas gagner son coeur.
  どんな男も彼女の心を射止めることはできない。
 Elle est une rose supreme.
 彼女は至高の薔薇。
 ma rose--une reine.
 我が薔薇の女王よ。
 Dans mon reve, il ne sourit pas seulement de moi je qui prie.
 願わくは、我が夢路においては我だけに微笑まん。


 赤く、優雅で、妖艶な心を射止めたいと願った男が歌う愚かな詩歌。人々はこの詩歌をこぞって歌った。まさか、フィーリア自身もこの詩歌を歌っていたのかと思うとアレクセイの中のフィーリアの姿は小さくなった。
 「私は幸せよ。望みを叶えられて、こんないい子にも恵まれたわ。ねえ、アレク。最後のお願いよ。私の遺体は小高い丘に埋めて。いつでも、彼を見つけられるように」
 「わかりました。母上。あなたのお望みどおりに」
 アレクセイの言葉を聴いて満足そうに目を閉じた。最後まで、人の考えの及ばない至高の人だった。


 のちのフィーリアの遺体は小高い丘に葬られた。国民は我々を見守るためにあの場所にしたと言った。彼女の真意は誰に知られることもなく、今もひっそりと眠っている。