生誕アンジェラス

 

 宿場町には旅人が集まるが、この宿場町にも例外なく旅人が集まっていた。旅人と言ってもその多くは商人であり、旅行者の数は商人に比べると少ない。
 その宿場町にある唯一の酒場は夜が訪れるや否や数多くの旅人で溢れかえっていた。客の多くは酒を飲みに来たものばかりだが、それ以上に情報を求めに来ることも重要な目的だった。
 「いらっしゃい」
 店のマスターは入ってきた客に声をかけた。客は店内を見回したが、空いているのはカウンターのみなので、つかつかとカウンターまで歩いてきた。
 「すいませんね。今日は特に多くて」
 マスターは客に侘びを入れた。
 「いいえ。繁盛しているなら幸いです」
 客は幅広の帽子を取り、カウンターに腰掛けた。客はメニューを見て、軽食とこの店一番の酒を注文した。
 「あんた、どこから来たのかい。見たところ、商人にも見えないし、旅行者かい?」
 「ええ、そんなところです」
 マスターの問いかけに客はにっこりと微笑んだ。客の身なりはその辺の商人たちと変わらないが、顔立ちや言葉使いを見る限り、商人などではなかった。金色の髪に青き瞳、そしてその客が纏う雰囲気はどこか高貴な香りがした。
 「見たところ商人の方が多いですが、いつもこのような感じなのですか」
 「いいや、商人が多いのはいつものことだが、ここ最近はちょっと数が多いのさ。何でもターブルロンドの内紛が終わって、女王の即位やら結婚やらで国を挙げてのお祭りらしいからな」
 マスターは注文された店一番の酒を出した。ターブルロンドのエプヴァンタイユ原産のブルーブラッドと言われる青いワインは貴族のみが飲めるといわれる代物だ。
 客は懐かしそうにワインを見つめ、香りを堪能し、口に含んだ。
 「このワインの故郷は新しい王が立ったらしいが、どんな人だろうね。聞く限りじゃ、女王様らしいが」
 「そうらしいですね。なんでも、内紛を収め、領主から剣を捧げられたと聞きましたが」
 「商人どもの話だと十六ぐらいのお嬢ちゃんで、宰相と王位を争ったらしい。宰相ってのはやり手なのにあっさりと勝っちゃって、即位したんだと」
 マスターはしみじみと語った。空想話でもなかなかないような現実を客の男はそうだねと流した。
 「その女王様が今度、結婚するらしいから、商人たちはそのお祭りに便乗しようということだろうさ。そういえば相手の男は誰だったか」
 「その姫の執政官です。堅物ですが、彼女を幸せにしてくれますよ」
 「おたく、詳しいですな」
 マスターの言葉に客はフッと笑った。
 「これからターブルロンドの未来は明るい。きっと彼女ならいい国にしてくれます」
 客はワインを飲み干すと、お代を置いて酒場から出て行った。

 フィーリウスが酒場から出ると空には満天の星が輝いていた。妹のフィーリアは 見事試練を乗り越えた。この試練は彼女の能力を示すと同時に、ターブルロンドの未来も決めたとフィーリウスは感じていた。フィーリウスとの差に悩んでいることもあったが、フィーリアは自分の道を歩み出した。その道は困難かもしれないが、きっとエクレールやヴィンフリートたちが助け、見守ってくれる。フィーリウスの道が星たちに見守られているように。
 「フィーリア、即位と結婚おめでとう」
 フィーリウスは誰もいない夜空に願いをかけた。同じ空を見ている妹にこの言葉が届くように。


あとがき

 フィーリウスさまを書いてみました。ゲーム中ではほとんど出てくることはありませんでしたが、小説のほうでお出になり、なんとなくその人となりが伺えました。いいお兄さんでゲームでは出てこなかったのが残念です。