乱調アルゴリズム

 

 ターブルロンドの覇王、女王フィーリアの生涯は謎が多い。
 彼女は、弱冠16歳で、王位につき、瞬く間に他国を侵略、併合していった。
 現在の帝国ターブルロンドの基礎を作ったとも言える女性であり、ターブルロンドの歴史上、中興の祖として評価されている。
 だが、彼女は、王の試練という内乱で王位を勝ち得るまでその存在を文献などで確認されることはない。ただ、15歳までの彼女の記述は、ターブルロンド国史にたった一行、「レーギス王の一子、フィーリア」とだけだ。それが、のちに外交官の鏡と呼ばれる宰相ディクトールを下し、みごと即位を果たした。
 フィーリアは、運だけで覇王となったわけではない。歴史家たちは、三つの要素が彼女を覇王にしたと考えている。
 一つは、三人の有能な人材のことである。内政をまとめ上げた執政官ヴィンフリート、外交を統括した宰相ディクトール、軍事を総覧したポンパドール公シルヴェストルの働きが上げられる。彼女は、この三人をうまく動かし、他国が気づかぬうちに侵略の糸を張り巡らした。
 二つ目は、闇の者の存在である。ターブルロンドは他でも例を見ないほど闇の者の数は多かった。それゆえ、独自の発展を遂げていたが、闇の者との争いが絶えなかった。闇の者をまとめるのは、黒貴族とよばれる吸血鬼であり、北のマンハイムを治める領主として遇されていた。
 フィーリアはこれまで争っていた闇の者を国民として認め、正式に黒貴族を領主として任じた。これには反発もでたが、フィーリアはその反対者をやすやすとあるもので封じた。
 それは、アルジャーノで発掘され始めたコーバル水晶であった。コーバル水晶は闇の者の強力な力を封じることができるとことを他の領主たちにちらつかせたのだ。
 闇の者が人間の害を及ぼさなければ、闇の者ほどいい労働力はない。
 マンハイムの領主、黒貴族が個人的にフィーリアのことを気に入っていたことも闇の者を取り込むことをスムーズにいった原因の一つだろう。そして、フィーリアの策により、個として強かった闇の者に集団の力を教え、強力な尖兵にしたてた。
 そして、最後の要因にして最大の謎、となったある男がいた。



 クロウカシスとの戦争はターブルロンドの勝利で終わった。闇の者の保護という名目で始めた戦争は、僅か2年で首都占領という快挙を成し遂げた。その快進撃には、他に例をみない軍事力と闇の者に由来するものであるが、それだけでは語ることができない。『炎の狼』、『死の騎士』とクロウカシスで恐れられたギィの存在であった。
 クロウカシスとの講和条約を結ぶためにターブルロンドの軍は、首都郊外に駐屯していた。その駐屯地の一番奥、そこには一番豪華なテントがあった。
 ギィは見張りの兵士に一瞥もくれず、テントに入っていった。
 見張りの兵士はとがめることができなかった。ギィは騎士として有能であり、女王の信頼があつい騎士として知られていたが、そのほかにもまことしやかに囁かれる噂もあった。
 女王の愛人。
 王宮ではその噂で持ちきりだった。未だ、未婚の女王にそんな噂が立つのは自然なことである。ギィのほかにも黒貴族や執政官が女王の相手として上がっていた。
 だが、当の女王はその噂を全く無視し、依然、沈黙を保っていた。その沈黙が余計に人々の妄想を掻き立てていた。

 女王の天幕は豪華の一言に尽きていた。赤の天幕には、簡易ベット、長椅子、テーブルが置かれていた。だが、そのほとんどは貴族の屋敷にあってしかるべき品ばかりである。その見事な長椅子に女王は座っていた。夜半の刻限であり、女王は夜着に着替え、その身を長椅子に横たえていた。
「やっときたのね。遅いわ」
 顔を伏せていたため、表情は見えなかったが、声は怒っていた。
「刺客がいたから、誘い出して殺してきた」
 ギィは女王の反対側にある長椅子に座った。許可なく席につくことはとがめず、フィーリアは身を起こした。
「ふふ。そんなことだと思ったわ。そうでなければ、私の元に刺客は来ないわよね」
 そういうと、フィーリアはベットわきに目を向けた。ベットから下がる天蓋の布は無残にも切り裂かれ、シーツも荒らされていた。その脇に事切れた刺客が無残転がっていた。
「今日は椅子で寝ないといけないわ。あなたのせいよ」
「それはすまない」
 ギィは謝罪の言葉を発した。しかし、その言葉は冷たく、謝っているとは思えなかった。
「あなたが来るまで待っていたのよ。私が刺客を倒したなんて外聞が悪いわ。ただでさえ、流血女王なんてあだ名をつけられているのに、私がやったなんて知れたらますますその名が本当になっちゃうものね。だから、これはあなたがやったことにしようと思って」
 フィーリアは長椅子から立ち上がり、反対側の長椅子に座るギィのもとにやってくると、許可も求めず、ギィの膝の上に座った。
「やっぱりあなたはすごいわ。結構な数の刺客を殺してきたのでしょう。それなのに返り血はおろか、血のにおいもしないわ」
 フィーリアは胸倉を掴み、顔を寄せた。あどけなく甘える姿は未だ二十歳に満たぬ少女であることを実感させる。
 しかし、可憐な見た目とは裏腹に、フィーリアは残酷そのものであった。さきほど屠られた刺客がいい例だ。
 フィーリアは騎士王の末裔にふさわしく、並みの騎士と同じくらい剣技に優れている。だが、フィーリアは騎士と違うところがある。    
 それは、殺し方だ。フィーリアは刺客に絶望を与えてから殺す。さきほどの刺客も寝ていると思われるフィーリアを布団の上から襲ったのだろう。だが、フィーリアはベットにはいなかった。もの影に隠れて、刺客の笑みを見てから殺したのだ。今回は、ギィが殺したことにするため一思いに殺したのだろう。死体の顔に笑みが残ったままなのが証拠だ。本来ならこのような顔で刺客はない。大体は、絶望で満ち溢れた表情で殺すことをフィーリアは好む。
「明日は、講和会議だ。もう休め」
 ギィは首に絡める腕を引き剥がした。その行動が不満だったのか、フィーリアはギィを押し倒した。
 そして、口づけをしてきた。しばらく口づけを堪能していたが、フィーリアは思い立ったかのように身を起こした。
「そうね。寝不足で出て行って他のものに邪推されるなんて不快だわ。それにこの子に悪いものね」
「いつ生まれる」
「多分、順調に行けば新年になるわ」
 いとおしげにフィーリアはお腹をなでる。
「でも、新年は忙しくなるわ。おそらく、ブエンディアを攻めることになると思うから」
 聖母のような顔して出てきた言葉は物騒極まりなかった。すでに、女王の頭の中には次の計画が立てられ、王宮内では実行に移すための準備が進められているのだろう。
「私は、子供で忙しいから、あなたに直接、動いてもらうわ。口実は私が適当に作るし、この子が生まれるころだから、あなたを将軍に任じても誰も文句は言わない。あなたの好きなとおり、血に染め上げるといいわ」
 フィーリアはうっとりとギィに身を寄せる。
「いまから新年が楽しみだわ」
 何がと、ギィは問わなかった。フィーリアの楽しみなどギィには興味はない。ギィがフィーリアに求めるもの、それは血塗られた戦場を与え続けることだ。
 フィーリアはギィに抱きついた。
「命令よ。私が眠るまでその腕を貸しなさい」
 高慢ともとれる命令をフィーリアは命じた。
「よかろう。貴様が眠りにつくまで我が手はお前のものだ」
 ギィの答えにフィーリアは満足そうに微笑んだ。



 

                 

あとがき

 またしても暗くなってしまいました。このあとフィーリアがどうなったかまた書きたいと思います。