冷酷メサイア

 最果ての地、マンハイム。
 その地にそびえたつ豪華な城の主は苛立っていた。
 なぜ、うまくいかない。いつも、いつも、なぜ騎士王の子孫は自分に抗う。
 ヘルゼーエンは忌々しそうに、床に転がる少女を見た。
 床には、伝説となった宝石から価値ある古びた書物まで幾多の名品、珍品がごみのように転がっていた。これら全ては、ヘルゼーエンが旅をして集めたものであり、彼の性癖の表れのようだった。 
 その中にある最近手に入れたモノは、これまでに手に入れたものに負けず価値があり、そして美しかった
 けぶるような黄金の髪、白磁のような白い肌、そして今は、閉じられている天にも届きそうなほどの蒼穹の瞳をもつ少女。ヘルゼーエンと因縁の間柄であった騎士王の末は、父王を亡くしたことから王の試練というくだらない政権争いに巻き込まれた。頼りなく見える少女はよくやっていた。 
 慣れない領地経営をし、臣下であるはずのものに媚を売り、着実に領主の支持をとりつけていた。   
 そして、一番目を見張ったのは闇の者であるヘルゼーエンに対して怯えも恐れも感じずまっすぐ見つめる目であった。騎士でさえ、ヘルゼーエンを恐れるのに、彼女は気さくに話してくる。 そんな、少女がまるで昔の知り合いのように感じられて遅くまで話をした。どこまでも清らかで、可憐な少女を花嫁として迎えたいと思うにはそんなに時間はかからなかった。


 ヘルゼーエンは床に転がる少女を抱き上げた。抱き上げられた少女はぐったりとしていた。死んでいるわけではない。確かに、腕の中の少女は呼吸をしており、布越しから伝わる体温は彼女が生きていることの現われであった。  
 ヘルゼーエンの花嫁となったものは、永遠に花嫁になったときの姿のままで生きつづける。それは、この少女も例外ではなかった。ただ、この少女だけは他の花嫁とは違うところがあった。

 フィーリアが求婚に応じるとはヘルゼーエンは思わなかった。求婚に応じると返事をしたときヘルゼーエンはその裏になにかがあると疑った。
 だが、フィーリアは騎士王に誓いを立て、ヘルゼーエンの唇を受け入れた。その身にコーバル水晶で出来たフランツの双子の短剣を秘めながら。
「ユニ、私は勝った。その意思の輝きを手に入れた」
 ヘルゼーエンは勝利に酔った。やっと長年求めた意思の輝きを得ることはできたと。
 フィーリアはじっと勝利に酔う男の顔を見つめ、勝利に震える頬に手を滑らした。
 幸せそうな微笑みを浮かべ、その瞳にはっきりとヘルゼーエンを写して。
 だが、ヘルゼーエンにはその笑みが、なぜか悲しそうに見えた。
 フィーリアはなにかを告げようと唇を開いた。
しかし、それは言葉になることはなかった。その瞳はなぜか閉じられた。そして、ヘルゼーエンの腕の中でフィーリアは、まるで眠るかのように力を失った。


 それから、フィーリアは目を開けることはなかった。ずっと眠り姫のように眠り続けている。
 結局、またしてもヘルゼーエンは勝つことはできなかった。意思の輝きを手に入れることはできなかった。
 ヘルゼーエンは腕の中のフィーリアを見つめた。眠り姫は穏やかな表情を浮かべ、幸せそうであった。まるで、自分の居場所をみつけたもののように。
「フィーリア、君はあの時なにを言おうとしたのか」
 騎士王の聖墓でフィーリアが口にしようとした言葉はなんだったのだろうか。
 しかし、その問いを答えるられる眠り姫は眠り続ける。
 その眠りが終わる日、それはおそらくはヘルゼーエンに死が訪れる日であり、そのときこそ、その答えを聞くことができるような気がした。
 ヘルゼーエンはフィーリアを抱き寄せた。





  眠り姫のぬくもりに抱かれて待とう。








 救いを与える冷たい手を持つものを。