騎士の国、自由の国、誰もいない国

 
            Old days, old days. There was the country of the knight.
                    むかし、むかし。騎士の国がありました。

 「これで終わりですのね……」
 赤く燃える宮殿を見ながら、フィーリアは一筋の涙を零した。
 王の試練…ターブルロンドの王位継承戦争は、誰も予想しえない結末となった。
 その結末は、王女の勝利でもなく、宰相の勝利でもなく、最も不幸な結末となってしまった。
 フィーリアは、とめどなく涙を拭うことなく、フードを深くかぶり、歩き出した。
 王の試練は、一年という期間で争そわれていたが、その中盤、黒貴族は突如、宣戦布告してきた。フィーリアもおそらく、宰相も驚きしか感じえなかっただろう。
 なぜ、いまさらなのか?
 もし、支配というもの黒貴族が興味を示していたのならもっと早くから行っていただろう。彼は、それだけの力も時間もあった。
 だが、フィーリアには、その理由を深く考えることはできなかった。黒貴族の侵略は、苛烈を極めた。最強の騎士を従え、次々と「決闘」で領主たちを下していった。フィーリアは辛うじて自らの領地を守るだけだった。
 そして、王の試練に勝利したのは黒貴族だった。だが、このときは、これからこのような結末を迎えることなど誰も思い描かなかっただろう。
 まさか、この地に誰もいなくなるなど……。

 「それでどうなったの?」
 幼い子供が、しきりに話の続きをせがんでいる。
 フィーリアは、孫の声にふと我にかえった。
 (あれからどのくらいたったのだろうか…)
 フィーリアは、孫の頭を撫でながら遠い眼をした。せがまれて始めた話は、フィーリアにはとても遠い過去の話だ。
 ターブルロンドは、黒貴族が支配する土地となったが、彼は、支配の初めにしたことはすべて放棄だった。彼は、すべてを滅ぼすまで自由を与えると言った。残ったものは、支配者に命じられた自由を探すことに没頭せねばならなかった。あるものは殺戮を、あるものは贅沢を、あるものは無軌道を。
 だが、誰ひとり自由などにはなれなかった。残ったのは、どうすべきかわからないものたちだけだった。
 むろん、フィーリアも自由なんてわからなかった。おそらく、あの場所でもっとも自由を知らない人間だったかもしれない。
 「お伽の国は、誰もいなくなってしまったの。闇の支配者、人にあろうことか自由をお与えになったの。でも、誰も自由なんてものが何なのか知らなかった。たぶん、命じている本人もね。そして、その土地にはある時から人はいなくなったの」
 「自由の国なのに人がいないの?闇の支配者に殺されたの?」
 「いいえ。殺されたものもいたかもしないけど、おそらく生き残った人は、逃がれたのね、自由から。他国に逃げれば、不自由な生活が待っているわ。税を納めなければならないし、労役もあるわ。その国にいれば税も苦役もないわ。なにをしても怒られないの。でも、苦しいまでの自由に悩まされるようになったの。王さまは、国民に自由にならなければないと呪いをかけたようだった」
 フィーリアは、最後までターブルロンドに残っていた。王族の務めとして、まるで砂の城が崩れるような状態をなんとか留めようとした。
 しかし、どうにもならなかった。
 敗者の言葉など誰に届くこともなく、あるとき宮殿に火が放たれた。
 「自由」の象徴は、革命である。
 誰が言い出したのかわからない。だが、ある時からまことしやかに言われてきたことだった。おそらく、「自由」から逃げ出すために、必要なものだったのだろう。
 フィーリアは、エクレールの助けを借り、なんとか燃える城から逃げ出した。それは、エクレールを犠牲によるものだった。人々は、どうしても自由の象徴として「王女」の死を欲していた。
 「姫様も自由になりませんと。姫様の自由は、私がお贈りさしあげますわ」
 いけないと何度も言ったが、エクレールには届かなかった。
 そして、フィーリアは、遠い国に来ていた。ターブルロンドのことを知らない国。そこで伴侶を得て、子をなし、そして老いを迎えていた。
 伴侶はすでに旅立ち、あとはその後を追うだけである。
 「ねえ、誰もいなくなった後、闇の支配者はどうなったの」
 孫はうーんとうなっていた。話が難しかったのだろう。
 「いまでもいるのかもしれないわね、お伽の国に。きっと、今でも自由になることを探しているのでしょうね」
 「強いのでしょう?その人」
 「強いわ。誰よりも。そして、誰よりも自由になれないのよ。彼には永遠という「自由」があるかぎり」
 「よくわかんないよ」
 孫はそういうとフィーリアに抱きついた。フィーリアは、孫を抱きしめながら、思わずにはいられなかった。
 ターブルロンドは、協会からも見捨てられ存在しない国となった。
 存在しない国、誰もいない国、そこには、「自由」しかないのだろう。
 彼は、誰もいない国で、今も「自由」探しているのだろう。彼が焦がれたものは何一つない国で、砂の玉座に座って。

             And anyone disappeared in the country.
                  そして、その国には誰もいなくなりました。

あとがき

  人類滅亡EDは、未だ迎えていませんが、黒貴族が支配する世界には、彼の求める「意志」はないと思います。