会えぬ人、会われぬ人

 
「今年は何をお願いしているの?潤」
 潤は一生懸命笹の天辺に短冊を付けようと背伸びをしていた。今年6歳になった息子の潤はとてもしっかりした子供だった。
 母一人子一人の家族であり、息子の潤にはいろいろ苦労をかけている。本来ならちゃんと学校にやりたいのだが、いかんせん女のはるの稼ぎでは高が知れている。潤は母親のために朝早くから子供できる新聞配達や学校が終わったからも子守などをしていた。本来なら友達と遊んだりしたいだろうに何一つ文句を言うことなく、はるを助けてくれる。
 そんな息子に何もできないことをはるはいつも心苦しく思っていた。盆も正月も満足にすることができず、ましてや誕生日なども祝ってやったこともないゆえ、せめてとはるは村の者に頼んで毎年7月になると笹を分けてもらい七夕をしていた。
「今年は学校に行き始めましたから、勉学の上達ともっと働けますようにとお願いしています」
 潤が付けた短冊を見ると、子供にしては達筆な字で書かれていた。
 真面目なところはあの人に似ている。
「母さんは何をお願いするのですか?」
「そうね、今年も畑が豊作でありますようにかな。あとは潤と健やかに暮らせますように」
 はるも潤と同じように短冊を笹につけ、その前で手を合わせた。

 ひとしきり飾りつけが終わり、潤とはるは床についた。
 しかし潤は母親が寝静まるとこっそり起き上った。
 玄関に飾りつけられた笹に潤は隠していた短冊を取りだすと、見えにくい死角となる枝に短冊を結びつけた。
『夢でもいいから、父さんと母さんが会えますように』
 そう書かれた短冊に願いこめて潤は空の天帝に祈った。
 潤はよく父親のことを知らなかった。母が生まれる前に死んだとしか言わず、それ以上は言いたがらないからそうだと思うようにしていた。名も知らなかった。
 母はこの村の出身ではなく、どこかから来たものだったから他のものも父のことを知らない。だが母は父がどのような人だったかは教えてくれた。
 優しく、厳しい人だった。
 かならず母は父をそのように評する。でも母の顔からとても愛し合っていたことだけはよくわかった。
 潤も父が恋しく、もっと父のことを知りたかったが、母を思うと言葉にできなかった。
 母の方がもっと辛いのに、自分ばかりが寂しがってなどいられない。
「先ほどの短冊よりもこちらの短冊を叶えてください」
 せめてもう会えないなら、夢でもいいから父と母を会わせてあげたかった。
 苦労続きの母に子供の潤では何もしてあげられない。ただ祈るくらいしかできなかった。

 夢を見ていた。
 もう二度と会うことのない人が潤を抱いていた。潤も嬉しそうにはしゃぎいつもと違って年相応に父親に甘えている。
 潤は立派で手のかからない子です。この前も学校の先生に学級で一番だと褒めれました。勉強もよくできます。家事もよく手伝ってくれます。周りの皆さまにもよくかわいがられる子になりました。
 はるは声にならぬ声で会われぬ人……正を呼んだ。

「母さん。朝です。おはようございます」
 潤はすでに布団を片付け、新聞配達に出かけようしていた。
「母さん!どうしました!」
 潤ははるが泣いていたことに驚いた。
「とってもいい夢を見ました。お父さんに会いました、潤。ありがとう」
 はるは心配そうに顔を覗き込む潤を抱きしめた。
 誰の計らいか知らないが、昔見た夢以上のものを見せてくれた神にはるは感謝をした。