10 終焉の物語

 注意!!

 この話は、第二次大戦後を扱っております。
設定として、兄弟のなかにはなくなっている方もいます(たぶん予想がつくと思いますが)。
また、時代設定上、宮ノ杜家も没落していたりとハードな内容になっています。
そんでもオッケイという心の広いお方はずいいいとスクロールをお願いします。
 最後に何度もいいますが、本当に悲しい話でごめんなさい。
 妄想なので許してくださいね。ペコリ。
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 静かな山村を喜助は歩いていた。
やっと探していた人物がこの田舎にいると聞いて、列車を乗り継ぎ遥々やってきた。
 未だ戦後の混乱で、人を探すなど至難の業であるけれども、宮ノ杜家で情報屋をしていた過去が役立った。
 探していた人物の家は、田舎に相応しくないほど立派で、洋風な造りになっている。
隠居するときに長年の功績を報いる形で、この屋敷と生活に困らないだけの給金を与えられたはずである。
 鉄格子の門を開け、重厚な戸を叩く。
 中からは屋敷に不釣り合いな着物の女性が出てきた。
「すいません。ここは加賀野さんのお屋敷ですか?」
 はいと小さな声で、女性は突然の訪問者に答えた。
 有田という者が訪ねてきたと取り次いでほしいというと、女性はしばしお待ちをと言い、奥に下がった。
 ほどなくして、女性は戻ってきて、中に案内された。
 応接間に通された喜助は、先に座っている男性に頭を下げた。
 最後に会った時より、大分、老けていたが、それでもしっかりと背筋が伸び、往年の威厳が感じられた。
「元気そうだったね。喜助。未だに情報屋を続けているようだね」
 そう朗らかに、懐かしい笑みを浮かべ、加賀野は向かいの席を勧めた。
 喜助は、礼を取り、向かいの席に着いた。
「今は、探偵っていう仕事ですよ、加賀野さん。この混乱期じゃあ、人探しは需要があるんで」
喜助の今の仕事は、人探しを主とする探偵業というものだ。
 若いころのような情報屋という危ない仕事をするのは危険が伴う。
「君が老人のご機嫌伺いに来るわけではないし、一体何の用だい?」
 女中が持ってきた茶を啜りながら、本題を切り出してきた。
「実は、今日はある人物を探しているのです」
「ある人物?」
 これをというと、喜助は一通の手紙を懐から取り出した。
 喜助の手紙を受け取り、差出の筆跡を見て、加賀野はわずかに瞠目した。
「これは、勇様の手紙だね。しかし、どこでこれを……」
「はい。先日、勇様の部隊にいた兵隊が自分ところに、上官の残した手紙を渡したいと来まして」
「勇様は大陸で戦死されたと聞いたが……」
「そうです。その兵隊は勇様の部隊にいたらしいですが、勇様の戦死後、ほかの部隊に配属されたそうです。しかし運よく大陸で終戦を迎えたそうです」
 喜助の言葉を聞きながら、加賀野は茶の入った器の湖面見つめた。
 上官が戦死した部隊は、ほかの部隊に吸収される。
 手紙を持ってきた兵隊も各地をさすらったのだろう、頬は削げ、みすぼらしいものであった。
 だがこの手紙を届けることを願い、自分は今まで生き残ったのだと話した。

 しかし、激戦地にあったこの手紙が残ったことは奇跡だった。
「その兵隊さんが言うには、勇様が戦死なされ、上官を守れなかったことを部隊の人たちはひどく悔いたそうです。
 そしてこの手紙を生き残った人が、届けることを役目として人から人へ渡って守っていったそうです」
 思いが詰まった手紙をそっと加賀野はなでた。
 勇の無骨でまっすぐな字が勇を感じさせる。

 加賀野は玄一郎が死去した際、屋敷を去った。
 年齢もあったが、一時代が終わったことを感じ、辞去を申し出た。
 長年の奉公の褒美として、故郷に立派な屋敷を与えられ隠居をしていたが、宮ノ杜のことはいつも気にかけていた。
 中国との戦争が始まり、勇は軍属として出征をしたこと、そしてその地で戦死したことも聞いていた。
「その兵士さんは勇様の家族の方にこの手紙を渡してほしいと望まれまして、御兄弟の行方を捜しているんです。加賀野さんなら皆さんの行方を知っていると思いやして」
 喜助は加賀野の表情を窺った。その表情には悲哀が浮かび、悲しい予感がした。
「私が知っていることなどたかがしれているよ。正様のことは知っているね?」
「はい」
 正は現在、進駐軍の厳しい監視のもとにある。
 進駐軍は戦争の原因に財閥が関係しているとして、その解体を進めている。
 むろん、宮ノ杜も例外ではなく、その対象であった。
 また正は、戦時中、金融の専門家として大蔵大臣に助言を与えており、軍部、政界とのつながりを警戒され、軟禁されていると聞く。
「正様は処罰を免れるではあろうが、当面は厳しい立場に置かれるだろう。むろん今の監視下では接触をすることは難しいと考えた方がいいだろう」
「茂様は?」
「あのお方の行方は私も存じ上げていない。母上の静子様とともに疎開されたと聞いたが」
 戦争が悪化するに連れて、料亭などの経営は厳しくなった。
 空襲もさることながら、食糧や物資の枯渇が目立ち、酒などの贅沢品は姿を消した。
 確か得意客の配慮で母親とともに疎開をしたと聞いたが、この混乱の状態でははっきりしたことはわからなかった。
「進様はどうしたのかね?」
 加賀野は優しげな青年を思い出した。
「進様は戦時中の末期に招集を受けたそうです。
 警察官の招集は遅かったと聞きますが、進様はそのまま招集に応じられて、南部前線に配属されたそうです」
 南部戦線は東南アジアやインドでの戦闘を行っていたと聞く。かなりの激戦地であったと聞き及んでおり、生きている可能性は低かった。
「博様の行方はご存じないですか?」
「博様は研究のため、国を離れていらしたからご無事であると思いたいが、派遣先の独国も連合軍に降伏したという話だ。
 あちらもひどい空襲があったらしい」
 博は通信機器の開発で名をなしていた。
 戦争が激化する前に、交流の一環として、同盟国に渡っていた。
 独国の技術は日本より優れ、軍もそれに目をつけ、留学経験もある博を主任として使節団を派遣していた。
 だが独国も連合軍に降伏しており、博の所在も杳として知れなかった。
「雅様は?あの方の居場所なら分かるのではないかね」
 加賀野の疑問は一番妥当であった。
「雅様は現在、進駐軍との交渉や宮ノ杜家の処分に追われているそうです」
 末弟の雅は帝大で法律を治めた。
 そして卒業後、官僚になった。その抜群の英語力を生かして、現在は進駐軍の交渉役を務めているらしい。
 雅はその強かさ、語学力、また先見性とともに兄弟のなかでも特に優れていた。
 加賀野も扱いにくい点を除けば、当主に相応しい人物ではないかと見込んだ時期もあった。
「自分も雅様に接触することを考えましたが、現在のお立場を考えるとあっしのような人間が近づくことは得策ではないように思えまして」
「そうだね。元情報屋が身辺をうろついているなど、進駐軍に気づかれたら、お立場を危うくする。
 それに今は微妙なお立場であろうから」
 加賀野も喜助の行動に同意した。
「あと、守様も探してみたんですが……」
「あのお方はどうしたのかね」
 守は家族との和解を果たしたが、結局宮ノ杜には戻らなかった。
 その後、名の知れた作家となったと聞いていたが、戦争中、守の行方は知れなくなっていた。
「あの方は、別の意味で大変だったようです」
「別とは?」
「戦時中は本の検閲がひどく、守様の小説もたびたび『風紀を乱す』として問題となったそうです。
 まあ、あの時代、恋愛小説はけっこう目の敵にされていましたからね」
 喜助は苦笑を洩らした。
「あの方のことですから、特高だろうが、警察だろうが逃げ切ることは容易いと思います。
 だぶんひょこりとどこかで、お名前をお目にかかる日がくるんじゃなでしょうか」
 そうだろうねと加賀野は同意し、懐かしいお屋敷時代を思い出した。

「加賀野さん、おはるちゃんの行方を知らないですか?」
 突然出てきた名に、加賀野は驚きの表情を浮かべた。
「……はるかい?なぜはるの行方を捜す」
 懐かしい名だ。彼女があの屋敷にいたのは短い間だった。
 だが、ほんのわずかの間で、彼女は多くのことを変えた。
 宮ノ杜に横たわる多くの闇を彼女は消し去った。

 喜助の問いにしばらく考えるように、加賀野は押し黙った。
 口を開いたときに出てきた言葉は、ある意味最も驚きがなく、そして驚くべき言葉だった。
「彼女……はるは死んだよ」
「死んだ?」
「ああ、先日たえが屋敷を訪ねてきてね、そう聞いたよ。結核を患ったらしい。長く闘病生活を送ったようだ」
 宮ノ杜を変えたはるは、あるとき母親が病気に倒れたために実家に戻った。
 はるとしては、宮ノ杜に戻ってくるつもりだったのだろうが、そのまま実家で病を得たらしい。
 兄弟たちは心配し、度々手紙を寄こしていたが、はるは兄弟に心配されまいと母親の看病で帰れないと嘘をついていた。
 しかし病は悪化し、また時勢も流転した。
 はるは、戦争が始まる前に亡くなった。
 彼女は勇の死も知らなければ、宮ノ杜の没落も知らずに死んだのだ。
「なぜはるの行方も捜していたのかい?」
「それはこの手紙のなかに、はるちゃんにあてたものがあったからですよ」
 喜助は、ほんとはよくないのですが、と言って手紙の中を加賀野に見せた。
 一つの手紙には近況報告と家の状態を尋ねる内容であった。そしてもう一つ同封された手紙は、はるに渡してほしいという添え書きがされていた。

 はるへ
 貴様が屋敷を去ってから弐年の月日が流れた。
 今、俺は大陸で軍務に従事している。
 このたびの戦争で俺は、中将に昇進した。厳しい戦いが続いているが、國のため俺はこの身を捧げるつもりだ。
 はる。
 この戦争が終わったら、貴様は屋敷に戻っているだろうか。
 貴様と出会った桜舞う季節に、また皆で逢う日を楽しみにしている。

 宮ノ杜 勇


 「勇様らしい手紙だね」
 加賀野は感慨深げに文面に目を通した。
 この手紙を渡す相手も、そしてこの手紙をあてた人間もこの世にはもういない。
 
「この手紙は、御兄弟の誰かに渡すつもりです。うまくいけば誰かには会えましょうから」
「喜助。頼めるかい?」
「ええ。あの華やかな一族に関わった身として、最後まで付き合うつもりです」
 喜助は、手紙を加賀野から受け取ると辞去を申し出た。

 喜助が去ったのち、加賀野は一人、居間に腰掛けていた。
 華やかな一族の終焉とその一端を垣間見た自らの一生を思い出しながら。
 

 








あとがき

 やっちまったよ。ホントごめんなさい。土下座ものです。
 いや暗い話好きな自分はこんな話ばっか考えています。一応、話を整理しますと、玄一郎さんはすでに高齢のため死去。
兄弟も正が当主となり、宮ノ杜を相続して、財界のフィクサーになっています。戦時中は、大物政治家のアドバイザーをしていましたが、戦後は一転、進駐軍に目を付けられ監視状態です。でも心機一転、たぶんまた復活して、一財産を築くと思います。彼は勝負に強いですからね。
 勇は作中何度も言われているように戦死しています。(勇ファンの方ごめんなさい。悪意はありません)年齢的にかなり出世していると思います。あとで思ったのは、中将クラスが戦死しているということは師団は玉砕ほいですね。ははは。
 茂は行方不明としていますが、おそらく生きていると思います。多分、正と違った意味で、商売をしていそうです。私的には茂はやればできる子と思っているので、たぶんこの時代をたくましく生きていると思います。
 進は任務中行方不明いわゆるMIAです。こちらもごめんなさい。なんとなく進は招集が来たら、受けるような気がしています。警察官とかは戦時中はどうだったのでしょうかね?招集とかあったのかな?
 博はDLCを見て、お話をちょっと変えました。当初としては外交家にするつもりでしたが、技術屋さんとして成功しているみたいなので、海外に技術を学びに派遣されたことになっています。彼のことだから、なんとなく壮大なロマンスを繰り広げてそうです。
 雅は本編でも帝大の法学科に行くと言っていましたから、なんとなく官僚になるのかなと思っていました。たぶん英語はバリバリだろうし、あの駆け引き上手だから戦後も政界で活躍するのではないでしょうか?
 最後に隠しの守ですが、彼は別の意味できっと大変だったのではないでしょうか。宮ノ杜と戦うではなくて、検閲とかと戦っていそうです。意外に正義派で、地下組織活動とかしてそうです。
 はるについて。はるちゃんもごめんなさいな設定にしてしまいました。すいません。
 この話のはるは、実家に戻っていますが、誰とも結婚していません。すぐに病気を患って縁談する暇もなかったとしました。兄弟から一心に愛情を受けていて、たぶんいろいろアプローチとかあったんではないでしょうか。
 次は明るい話を書きたいと思います。