04 永遠なる物語

  「吁、宮さんかうして二人が一処にいるのは今夜限りだ。
お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜限り、僕がお前に物を言うの今夜限りだよ。
一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。
来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月をみるのだか!
再来年の今月今夜ーーーー十年後の今月今夜ーーーー一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ!
可いか、宮さん、一月十七日だ。
来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は曇らしてみせるから、
月がーーー月がーーーー月がーーーー曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思ってくれ」


 夜更け。いつものように進は、はると床をともにしていた。
大抵、眠りにつくまで、今日の出来事などを話すのだが、今日は進の母・文子と共に行った大衆演劇のことをはるは、話していた。
「進さんは、『金色夜叉』という話はご存じでしたか?」
「ああ、知っているよ。確か十年くらい前に、新聞に載っていた小説だろ」
 読書家の進は、はるが見た演劇の話を知っていた。
 作者が急逝したため、未完に終わった小説。
 進の好みとは違ったが、掲載された当初、人気に託け、手にとって読んでいた。
「さすが、進さん。私、初めて見ましたけど、特に貫一とお宮が熱海の海での場面が印象的でした」
 はるは、興奮気味にその場面を語った。
 愛するお宮の気持ちを知るために呼び出した熱海の海で、その心がすでに自分にないことを知る貫一。
 貫一はそこで怨嗟の言葉と未練の言葉を吐き、お宮を足蹴にし、守銭奴に転落する。
「進さんは、貫一の立場であったら、どうしますか?」
 ふと思い浮かんだ疑問をはるが口にした。
「俺が貫一だったら……?」
 金持ちの男にはるが盗られる。身近にいえば、正兄さんに盗られるようなものか。
 そのような想像をして、思わずはるを抱きしめる腕に力が入る。
 身近な人物で想像すると、ぐっと現実味が増した。
 性格に難があるものの、正兄さんは金も権力もある。
 冷酷に思われがちだが、懐いたものには優しいところがある。
 それに引き比べると、自分は正兄さんのような金や権力などはない。
 自分は人間的にも不安定で、きっとはるに安らぎを与えてやることはできないだろう。
 そんな進に見切りをつけて、正兄さんに走ってしまったはるを自分はどうするだろうか……。
「たぶん、俺が貫一の立場だったら、きっと殺すと思う」
「殺すって……」
「愛する女性を目の前にして、他の男に盗られることも、愛がなくなったことも、きっと受け入れられない。
 そんな気がする」
 はるの耳元に口を寄せながら囁く。
 前に三治とはるの縁談を壊そうとしたことがあった。
 自分は大事なもののためならなんだってするのだろう。
 それが愛する人を殺すという選択を取っても、自分に縛りつけて離さないだろう。
 貫一のように未練や怨嗟の言葉であきらめることも忘れることもできない。
 しかし、進の言葉を聞いて、はるは、可笑しそうに笑った。
「でも進さんは優しいですから!」
「優しい?」
「はい。私が不安な時、進さんは抱きしめてくれます。
 それに進さんならきっと話を聞いてくれて、ふたりで解決しようと言ってくれるのではないでしょうか」
 はるは、進の頬を手を添えた。不安な気持ちが溶けていくようだ。
「だから、変な想像はしないでくださいね」
「変な想像?」
「進さんのことだから、さっきの話を聞いて、正様あたりに私が走ったらとかと考えたりするかと」
 はるは、進の頭を抱き込むように抱きしめた。
「私は進さんのことが大好きですから、きっと足蹴にされたってあきらめませんよ」
 だから心配しないでくださいねとそっと囁く。
 頭を抱きしめられて、はるの顔が見れないのは残念であったけれども、進の心配は言葉どおりなくなった。


あとがき


引用:尾崎紅葉『金色夜叉』の一部抜粋。
 初の華ヤカで、久しぶりに執筆しましたが、スランプはデカイ。
 約一年ぶりに文章なんで書くし、柄にもなく甘い話を書こうとするから撃沈です。
 進は最後から三番目クリアしたキャラでして、ギャップが面白かったです。華ヤカが発表された当初は、確か進の設定は、特高警察で、仕事が第一というような立場だった気がします。その設定は面白いかもと興味をもっていました。
 しかし発売されると、三治くんが特高で、進と仕事の関係は本編ではあんまり問題になくなってちょっと残念です。
 仕事に生きる男というと、勇とかぶるからかな。
 『金色夜叉』の掲載は明治30年ごろで、大正時代にはお芝居になっていたらしいですから、ネタとしては大丈夫かなと思い、使用しました。キネマでみたでもよかったですが、進はトーキーが嫌いみたいですから、お芝居で。