01.知れ渡った物語
当主争奪戦弐年目。
世はうららかな春真っ盛りであったが、宮ノ杜の家は暗雲垂れこめる、いや春の嵐というべき状態であった。
というよりも、当主争奪戦壱年目は、誰の勝者もなく終わってしまい、結局玄一郎が当主続投という事態に決した。
だが、玄一郎とていい歳であるし、後継者というのはいつかは決めなくてはならない。
不甲斐ない息子たちをどうにかして自分が求める基準になってもらわなくては困るというものだ。
玄一郎は思案しているところに控えめなノックが聞こえてきた。
自分の専属使用人であるはるが、いつもの雑誌を携え、部屋にやってきたのだ。
この屋敷に来てたった一年で当主の専属となったものはかつていない。
はっきり言えば、はるは有能な使用人とは言い難い。
加賀野のような聡明さも、千富のような洗練さもない。
ただ、唯一、はるだけにそなえられたもの、それは心映えというものが彼女の強みでもあった。
このまっすぐでひた向きなところは、気難しいと言われた玄一郎の息子たちを徐々にであるが、
変化させている。
そして息子たちがはるに淡い気持ちを抱き始めていることも玄一郎は見抜いていた。
はると息子たち。
この二つを使ってどうにかできないか?
しばらく考えた後、妙案が浮かびさっそく今夜の夕食で発表することに決めた。
いつもの夕食。
外遊中の博を除き、すべての兄弟が揃っていた。
今夜は珍しく玄一郎の命で、加賀野、千富、はる以外の使用人は立ち入ることを禁じられていた。
「当主、今夜は使用人の数が少ないようですが?」
いち早く、状況に気づいたのは正だった。
「今日はお前たちに宣言することがある」
「当主のことですか?」
「そうだ」
その言葉に兄弟たちは一様の反応を見せる。
「お前たちの不甲斐なさにはあきれる。
壱年という時間を与えられながら、儂一人を楽しむことさえできないとは……。
情けないとは思わんか?」
上の二人はぐっと息を飲んだ。
まさか参拾も過ぎてこのような莫迦げたことに付き合わされようとは思わなかった。
正にしても勇にしても病気かなにかでぽっくり逝ってくれないかと願わずにいられなかった。
「でもさ、父さん。父さんを楽しませるなんて曖昧でわかりづらいよ」
「茂兄さんのいうとおり、試練しては少し意地が悪いかと……」
控えめな意見をいう茂と進。
雅は終始、どうでもよさげであった。
「そうだな。お前たちのいうところも分かる。
今回にかぎりわかりやすいことを条件にしてやろう」
「わかりやすいってどういうこと父様?」
不敵な言い方に興味を惹かれた雅が話に加わる。
「昨年と同様、儂を楽しませるというところは変わらぬ。
そして、壱年後、お前たちの中で誰一人として、当主になれなかった場合、
儂は七人目の妻を迎えることとする」
「「「「「七人目?」」」」」
五人全てが、同音の言葉を漏らす。
「相手は!?」
正が口を切る。ただでさえ多いともいえる兄弟そして後継者をこれ以上増やされるなどたまったものではなかった。
「お前たちの目の前にいる」
その言葉に反応して、一斉に玄一郎の隣にいるはるを見る。
なんのことかさっぱり理解できないはるは、十の目に見つめられてあわててしまう。
「簡単なことだ。
儂からはるを奪えたものが当主となるということだ」
「父上、それはどういうことですか?」
兄弟一飲み込みが悪い勇が怪訝そうな表情をしていた。
「言葉どおりだが?儂は壱年後、このはると結婚する。
お前たちの大半はこれ以上兄弟など欲しくはないだろう。
それを阻めと言っている。儂が今回の敵であり、儂とはるの結婚を阻むことが条件と言っている。
簡単なことであろう」
父親の爆弾発言に多くの息子たちは言葉を失っている。
辛うじて雅のみが父親の言葉の真意を探ろうとしていたが、内心の混乱は免れてはいなかった。
「父様を楽しませるという去年の条件とはかなり違うように思うけど……」
「お前たちが社会的地位や財力などで儂に勝つことなど到底できまい。
さりとて儂一人を楽しませるという意外性もない。
では最後のチャンスとして男としての魅力を問おうと思ってな」
「男としての魅力ですが……」
進はやや恥ずかしげに下を向いた。
いい年をして、それも父親に男としての魅力があるかなど、聞かれる方は恥ずかしいの一言につきない。
「しかし今のところお前たちは結婚もしていないようであるから、それもないようであるが?」
嘲りを含んだ声色と視線に正も勇も言葉を無くしていた。
すでに正の歳のとき玄一郎は二人目の妻、トキと結婚しており、勇も生まれていた。
実績としては兄弟皆完敗というところだ。
「精々、男を上げて、儂を楽しませてくれ」
玄一郎は高らかに宣言すると、はるを伴い退出した。
取り残された兄弟は茫然としていた。
「あれは一体どういうことだ、正」
勇の理解の遅さにため息をついたのは他の兄弟たちだった。
「簡単なことさ。ここにいる兄弟全員と博も含めて、はるを気に入っている。
父様は壱年の間にはるを口説いて自分のものにしないとはると当主の地位ふたつとも失うと言っただけさ」
「ちょっと、末っ子君。ものになんて大胆すぎ」
「でもお父さんまで恋敵になるとは前途多難だ」
進のため息は深かった。
まさか父親と女を争うなど進の読んだ小説にも未だない題材だ。
「はるをものにすればいいのだな。簡単だ」
簡単と言い張る勇。勇のことだから、女など押し倒してしまえばよいとくらいにしか考えていないのだろう。
短絡的な豪語に他の兄弟は勇を無視することに決めた。
「浅はかな勇兄さんはほっといて、父さんの実力っていかほどだと思う?ただでさ、おはるちゃん父さんの専属だし、終始べったりしているってことだよ。
その時点でかなり差があるってことじゃない」
「それにだ、当主はあれでかなり若いころは女に事欠かなかったらしい。
言いたくないが、母たちをみればわかるだろう」
自分たちの母は生まれ育ち、性格、気質も全て異なる。
それはいうなれば玄一郎はどのような女でもうまくやっていけるという証明でもあった。
そしてなんだかんだいいながら、母たちに惚れられているということもある。
「父様を楽しませるから、父様と争うか。
なんとなく当主争奪戦ぽくなってきたということかな」
雅は楽しそうに笑った。
これが若さゆえか、常識人参人はまたしてもため息をついた。
しかし座してあきらめることなどできそうにもなかった。
壱年で決着をつける。
それぞれ思いを新たに争いの火蓋は切って落とされたのだった。
あとがき
ギャグって何?で。
ちゃんとギャグってるかな。
巷でないのかなと疑問がられた7人目妻ルート。
実際あったら、このゲームきっと歴史に残っただろう。
しかし好きな人が父の妻って修羅場しか思いつかない。
源氏だよ、源氏!そんな感じにしかならない。
番外編もありますので、近々アップ予定。
うーん、もう少し勉強せねば。
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