名言10題

 

 01 男は目で恋をし、女は耳で恋に落ちる  [ワイアット] たえ

 「たえちゃんのなれそめを聞かせてですって?」
 ばっかじゃないの。なんで三治との話をあんたにしなきゃならないの?
 三治のことじゃない?
 あんた、ばかのくせにあたしを嵌めたわね。
 あとで覚えていなさいよ。
 好きになったところ?
 なんであんな奴を好きになんなきゃならないのよ、私が。
 えっ、三治にはもう聞いてきたですって。
 あんたいつの間に……。
 聞きたくないなら言わない。
 ばか、折角だから聞いてあげるわよ。
 素直じゃないって、あんた私が聞いてあげると言っているのよ。早く言いなさいよ。
 『たえちゃんの一生懸命な姿に目が引かれた』ですって。
 ばか。
 言ったのだから、たえちゃんも言ってとはあんたほんといつか後悔させてやるわよ。
 あいつの声、結構好きなの。
 もう言ったからいいでしょ!
 ほんと、あとで覚えておきなさいよ!



 02 魂のこもった青春は、そうたやすく滅んでしまうものではない  [カロッサ] 玄一郎

 「玄一郎様、ご指示どおりその件はそのように進めさせていただきます。しかし、うまくいきますかな?」
 忠実なる執事は主の判断に懐疑的だった。
 長く仕えたが、主の行動は加賀野にとっていつも想像を絶するものだった。
 今回も敵対企業の合併工作の指示だった。
 「うまくいくも何もそれを望むものが多いからな。障害などないに等しい」
 つまりは根回しは済んでいるということだろう。
 隠退し、当主の権限を正と勇に分け与えているはずなのだが、本人が言うように『腐っても宮ノ杜の当主』ということなのだろう、
 策謀の手腕は正も遠く及ばない。
 「加賀野、知っているか?外国の者の言葉に『魂のこもった青春は、そうたやすく滅んでしまうものではない』とあるそうだ。
 さしずめ儂には『青春ではなく、野心』というところだろうが」
 人の悪い笑みを浮かべている主を見ながら思う。
 この方は永遠に青春を生きているのだろう。
 その身に死が訪れるまで、息の続くかぎり、見果てぬものを追って。



 03 本当の物語は、みんなそれぞれにはてしない物語なんだよ  [ミヒャエル エンデ] 雅

 どんな話でも、それぞれ果てしない物語である。
 生きているものすべてにそれが言えること。
 もちろんゴミ以下の使用人にも言えることで、今、自分の目の前でせっせと掃除をしているはるにも物語がある。
 「どうかしましたか?雅様?」
 視線を感じたはるは怪訝そうな顔でこちらを振り返る。
 「何でもない!!お前は掃除をしてればいいんだよ!!」
 怒鳴られたことで、間抜けな声を出して再び掃除を再開する。
 しかし突き刺さるような視線を浴びたはるは掃除に集中できないようだ。
 はると僕。
 未だ未成年の僕ははると結婚はおろか、仕合せにすることもできない。
 しかし5年後、10年後はどうなったいるだろうか?
 そのとき僕とはるはどんな物語を紡いでいるだろうか?
 願わくば、今と変わらず、一緒にいられることと思う雅であった。



 04 すべての不幸は未来への踏み台にすぎない  [ソロー] 守
 
 後悔先に立たず。
 自分の人生は前半は憎しみに生き、後半は後悔に生きるようである。
 不幸といえる人生だと思う。
 実際自分が本にしてしまえるくらい複雑な家族、人生であった。
 父を兄弟を家を、そして自分を殺すことばかり考えていた。
 それに変化をもたらしたのはなにもない娘だった。
 始めは利用しようとした。
 次は疎ましくなった。
 そして殺そうとした。
 最後は愛してしまった。
 転がるように気持ちが変化した。
 遂にはなににも代えがたい存在になった。
 時にこれまでの不幸が苛むことがある。
 だが自分の隣で、笑って手を握ってくれる人がいる。
「守さん、すべての不幸は未来への踏み台ですって。
 だから心配しないで」
 今日も笑って、自分を支えてくれる。
 そんな未来を大事にしたいと守は思った。
 


 05 人は失敗するたびに何かを学ぶ  [キングスレイ ウォード] 喜助
  
 「いたたたた……」
 だだっ広い宮ノ杜のお屋敷のちょうど裏手。
 喜助はさきほど付けられた傷の確認を行っていた。
 情報屋という職業は何かと危険が付きまとう。
 実際問題、今日みたいに出会いがしらにバッサリということもあるのだ。
 幸いなことに傷は深くなく、自分で処理するできる程度で済んだ。
 いくら天下の宮ノ杜の報酬が破格とはいえ、度々医者にかかるとその費用も莫迦にならない。
 お屋敷を血で汚すのは気が引けるし、なにより若い娘も多いのだから、こうやって人目に付かないところで傷の手当てをしている。
 「ひぃぃぃ!」
 間の抜けた悲鳴を聞いて、おもわず声のする方向を向く。
 そこには青ざめたはるが口を押さえていた。
 「お医者様を呼ばないと」
 とあたふたとしている姿はかわいいと思わず思うのだが、ここは騒ぎを大きくするのは困るのではるの口を手でふさぐ。
 「大丈夫だよ、おはるちゃん。
 ちょっとしくっただけだ。
 傷も深くないし、血も止まった」
 騒ぎにしたくないから騒がないでというとこくりとうなずく。
 ゆっくり口から手を離すと、大きく息を吸いこんでいる。
 「おはるちゃんこそ、こんなところにどうしたんだい?」
 「今日も叱られてしまいまして。
 落ち込みにきました」
 このはるは何かとご兄弟たちの興味を引く。
 上の二人からは叱責を、真ん中のふたりからは好意を、そして下の二人からは興味を。
 長らく出入している喜助でさえ、ここまで興味を集めた使用人はいないと思う。
 「今日は朝から勇様にぶつかってしまいますし、正様からは仕事が遅いと言われました。
 茂様には怒られているところを笑われましたし、進様には風で捲れたスカートを見られてしまいました。
 博様に至っては実験の練習台にさせられましたし、雅様には今日も嫌味を言われました」
 豪く不幸続きのようであった。
 お人よしなのであろう。
 きっとめそめそしたくて、しかし人目に付きたくない。
 故に人目に付かないこの場所を選んだのだろう。
 「おはるちゃん、いいこと教えてあげようか?」
 「いいこと?」
 「海の向こうの偉い人の言葉さ。
 『人は失敗するたびに何かを学ぶ』とさ」
 『人は失敗するたびに何かを学ぶ』と鸚鵡のように復唱する。
 「元気でた?」
 「喜助さん、私がんばります!
 今日の失敗も明日に生かせるように」
 元気よく返事をするはるの頭を思わず撫でてします。
 妹がいたらこんな感じかなと思う喜助であった。 



 06 過ぎ去りし麗しき日々は、再び我が元に返り来たらず  [アルフレッド・テニソン]  進

 寒空の下、進は物思いにふけっていた。
 もうすぐ彼女、はるが縁談を受ける。
 相手は自分を殺そうとした三治とである。
 どうでもいいと公言しているのだが、進の心は晴れなかった。
 はるも三治も自分にとってはどうでもいい人間だ。
 彼らが死のうが、生きようがどうでもいい。
 だが彼らが二人一緒になることは許容できない。
 はっきりしない事実。
 それがさらに進を苛立たせていた。
 その苛立ちをはるにぶつけてしまったこともあった。
 結局はるは自分の専属から外れ、屋敷でも顔を合わす機会が減った。
 ふと以前、三治の転属祝いに屋敷に招いたことがあった。
 あのとき三治がはるをからかって、三人で笑った。
 すべては遠い思い出である。
 あのときの気持ちに帰ることも、あのような関係に戻ることもできない。
 ただ寒空の下、過ぎ去りし、麗しき日々を思い出すこと以外はできない進であった。



 07 誰かにとって必要な人間になれ  [エマーソン] 博

 最近、思うことがある。
 今まで自分はただ『いる』だけの存在だった。
 家族もいたし、恵まれた環境にあった。
 それが息苦しかったし、なんとか自由になることばかり願っていた。
 でも本当は自分が『いる』だけしか求められていないようで嫌だったのだ。
 佐伯と宮ノ杜を繋ぐだけ。
 父さんの道楽のため。
 でもはると出会って何かが変わった。
 はるは俺にとってなくてはならない存在だったけど、
 俺ははるにとってなくてはならない存在であっただろうか?
 彼女のように自ら働くことも知らなかった。
 世のなかには恵まれている人が少ないことを知らなかった。
 居ても居なくてもいい存在だった。
 今、海の向こうに来て思う。
 彼女にとって必要な人間になりたいと。
 今は俺にできるのは勉強だけ。
 でもこれが、いつかは彼女のためになると信じている。
 それまで、待っていてほしい。
 文面には描かれないけれど、気持ちを込めて手紙を書く。



 08 そなたのために、たとえ世界を失うことがあっても、世界のためにそなたを失いたくない  [バイロン]  勇

 自分にとって國と家がすべてだった。
 弱き國を強くする。そのために宮ノ杜の当主となる。
 それだけを考えて生きてきた。
 これまではそれだけを考えればよかった。
 人の気持ちも、人にどう思われようも構わなかった。
 たぶん自分の身を高潔なものに捧げるのだから、他のことをおろそかにしても許されると考えていたのだろう。
 しかし今は違う。
 はる。
 始めはゴミ以下の使えない存在だった。
 だがしだいに惹かれていった。
 きっとその真摯な姿が、俺を何よりも思ってくれる心が、きっと俺を変えたのだろう。
 「勇様、私はあなたのそばにいたい。それだけが望みだった」
 はるが何者かに刺され、意識を失う前に残した言葉。
 今もはるは生死の境を彷徨っている。医者の話では今夜が峠とのことだ。
 冷たい手を握る。少しでも自分の生命を分けてあげられるように。
 「もうそなたのために、たとえ世界を失うことがあっても、世界のためにそなたを失いたくない」
 どうか目覚めてくれ。
 それだけを願い、勇は朝を待った。



 09 意味のない千の言葉よりも道にかなうたったひとつの言葉の方が価値がある  [ブッダ]  正

 今まで多くの人が自分に声をかけた。
 頭がいい。立派ですね。育ちがよい。
 称賛も嫉みも軽蔑もあった。
 ただ一つ掛けられたことのない言葉があった。
 それをかけてくれたのはなんの取り柄もない使用人であった。
 『正様が本当にやりたいことを一緒に探しましょう』
 何の裏もない真摯な言葉。
 本当の自分を問題にする人など終ぞいままでいなかった。
 父も母も本当の自分などを問うことはなかった。
 血を分けた人でさえそうであったのに、他人でしかも使用人にすぎないはるに言われるとは人生分からないものだ。
 たった一つ、何でもない言葉。
 しかし最も価値のある言葉をくれた人。
 願わくば彼女の示した道が永遠に続くことを。



 10 全てが失われようとも、まだ未来が残ってる  [ボヴィー] 茂

 「茂、起きろ」
 その言葉に茂は意識を浮上させた。
 最近はさっぱりと朝と夜の感覚がない。
 いつ起きて、いつ寝ているのかさえわからない。
 父親の手の上で、思いのとおり動いた。
 その後に待つのは愛しい人と生きることだけだった。
 しかしそれは無残にも打ち砕かれた。
 彼女は自分のもとを去り、こうして退廃的な生活を送る毎日。
 「ほっといてよ。俺が『当主』なんだろ。
 なにをしようがかまわないだろ」
 お節介な長男。
 こういうときこそほっとけばいいのに。
 俺がのたれ死ねば自動的に当主サマになれるというのに。
 「お前に手紙だ」
 「誰からだよ」
 「はるからだ」
 その言葉に意識が覚醒する。
 差し出された手紙をひったくるように奪い取る。
 懐かしい彼女の筆跡。
 「手紙には何と?」
 「彼女、結婚するんだって。
 豪商で生活にも困らないって。
 でもなんでかな。誰と結婚しても俺のことが一番好きだって」
 手紙にぽつぽつと涙が落ちる。
 正兄さんに泣いてるところなんて見られたくないのに涙が止まらない。
 「ほかには何と?」
 「生きてくれって。今生、最後の望みだからと。
 でも最後に愛しているってひどいよね。
 こんなこと書かれたら死ねないよ」
 「そうだな」というと正は、背広を頭からかけた。
 俺は見ていないからというと、子供の時のようにあたまを抱きしめた。
 全ては失われた。ただ、暗い未来だけが残った。
 残酷な生きてくれという言葉を残して彼の人は永遠に去ったのだ。
 それ以後、宮ノ杜は大発展を遂げる。
 それを成したのは三男の宮ノ杜茂と歴史には記されている。