華ヤカ哉、我ガ一族

 
  かけそき影  勇×はる 連載の幕間

 罪に怯えたものは決して鏡を見ないという。
 理由は定かではないが、一つは鏡に自らの罪が映るから。もう一つは鏡に罪に怯える自分が映るためだという。

 今日はとある成金の舞踏会だった。
 欧州大戦からの好景気で、昨今一夜にして富豪になるものが多い。
 それら成金は金はそれこそ腐るほど持ちえたが、人脈などは乏しかった。
 故に今宵のような社交の場を頻繁に開いていた。
 今日の主催者もその例にもれず、元はどこぞの田舎者であったのだが、近年需要の高まりを受けている炭鉱で財をなしていた。
 邸内は自らの屋敷である宮ノ杜家ほどではないが、贅を凝らし、最近話題の建築家に設計させたものと聞いている。
 彼ら成金は金には糸目をつけない。それゆえに洋行帰りの新鋭の建築家などはこぞって彼らの庇護を受ける。
 洋館作りの屋敷は流行りのアールヌーボ調というもので統一され、家具さえもそれらの様式で揃えられていた。
 洋風嫌いの勇としては全くもって趣味の悪い家といったところであった。
 本来なら成金の舞踏会など参加する必要などないのだが、主催者と勇の上官が知己であり、上官直々に招待状をもってきたとあっては断ることはできなかった。
 招待状を執事に渡し、エントランスをくぐると、すでに多くの来客がひしめいている。
 その中から件の上官を捜し、あいさつに向かう。
 知己の主催とあってか、上官もほかの来客のように燕尾服を着ていた。
 勇の洋風嫌いもあってか、軍服の礼服で現れた勇を見た瞬間、上官は困った奴だと顔を顰めた。
 「大佐、このような華やかな日でも貴様は軍服なのだな」
 「申し訳ございません。私は無骨もの故、このような場所にはなれておりませんで……」
 「謙遜するな」と上官は愉快そうに笑う。
 上官に連れられ、主催者にあいさつをしにいく。
 すでに主催者は来客者と話していたが、上官は割り込む形で主催者に声をかけた。
 あいさつが終わったあと、主催者は徐に話題を振ってきた。
 「中将閣下、実は今日は大将閣下の御子息もおいでになるということですよ?」
 「ほう、大将閣下の御子息とは……。どの御子息ですか?」
 「最近まで洋行されていた、次男の方です。それに件の貴婦人も伴うようで」
 『件の貴婦人』
 という言葉に思わず、勇は反応しそうになる。
 上流社会の社交界で最近話題の女性。
 そしてかつて勇がもっとも愛した女性でもあった。
 ざわついていた会場が突如鎮まる。
 主催者は静寂をもたらした原因となった夫婦にあいさつに向かう。
 上品な燕尾服を着こなした男とその少しあとに寄り添うように付き従う女が主催者とあいさつをかわしていた。
 久しぶりにみるはるは、話題になったのが納得がいくほど綺麗になっていた。
 淡い色のドレスを纏い、短く切りそろえた髪と相まっていた。
 自分と共に過ごした時期は、田舎娘まる出しであったが、その過去が霞んでいる。
 主催者は男にあいさつし終えると、次にはるにあいさつをしていた。
 微笑みを浮かべながら、受け答えをし、楽しそうに談笑してた。
 受け答えも完璧であったようで、さすが西洋帰りは違いますなと主催者もほめちぎっている。
 勇が遠目からみても、どこの誰が見られても、貴婦人だと称えるような所作を身につけていることがよくわかる。
 「大佐も件の貴婦人に興味が御有りかな?女性には厳しい大佐でも美しいと思うかね?」
 凝視していたため、上官の興味を引いたのだろう。
 興味ではない。
 そのような言葉で収まることができないことを勇が一番実感していた。
 何年経とうか、はるへの気持ちを勇が忘れることはなかった。
 未来を選んだはずが、過去にとらわれるとは、選んだ本人がもっとも馬鹿だと思っていた。
 ダンスホールでは話題を集めている夫婦に合わせて華やかなワルツが流れ出す。
 主催者が夫妻に一曲踊るように勧めていた。
 夫に許可を求めて、はるが顔を伺うと、夫はにこやかに了承していた。
 ダンスホールの中央で踊りだす二人。
 たまらず勇は眼を背けた。
 上官には酒に酔ったなど適当な言葉を並べてホールの一番隅に移動する。
 二人の姿を見たくなくて、背を向けたはずが、目の前のガラスに目をやると、ガラスにはしっかりとふたりの姿が映っていた。
 「見たくなければ、目をつむればようものを……」
 自嘲を浮かべながら、かけそき影を見てしまう。
 見ない勇気も目をつむる勇気もないとは。
 勇はかつて読んだおとぎ話を思い出す。
 塔に閉じ込められた姫君は決してみてはならないものがあった。
 だが外界と隔てられた姫君の唯一の外とのつながりは鏡に映る風景。
 そこに愛しい騎士が映り、姫君は見てはならない外界を覗く。
 たちどころに呪いが降りかかり、鏡は割れ、姫君は息絶える。
 「確か姫君は『私は半分、影人と生きなければならないのか』と言ったのであったな」
 今の勇もこの姫君と同じ影人だ。
 愛しい存在を目に移せば、きっと勇はもうとどまることなどできない。
 かけそき影を追い、きっとどこまでも彼女を求めてしまうだろう。
 それが死をもたらすものであろうが、破滅をもたらそうがきっと……。
 未だ勇の心の中の姫君は塔の中。
 その結末は未だ語られていなかった。


 あとがき

 現在、連載中の閑話的な御話。
 このあとはるちゃんは勇には気づかず、富士での邂逅まで待ちます。
 おとぎ話の元ネタは、キャメロットの乙女という詩です。
 好きなマンガの短編にこの話をもとにしたものがありまして、是非とも自分も使ってみたいと思いました。
 しかし結果は惨敗です。
 


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