涙の理由は君


 はじめて会った時から予感はしていた。予感とか生ぬるいものではない。そう直感とか本能とかそういうものだった。今ではその感情を言葉に表すことはできないけれど、出会った時のことは今でもはっきりと覚えている。
 秋のあの日、やっとのことで辿りついた神社。大勢はすでに源氏に有利であったけど、あなたの猛攻で決着はつかなかった。そこで、あなたはひとり剣を振るっていた。あなたを見た瞬間、私の中にさざなみをたてた。仲間とともにやっとのことであなたを退けたが、それでもあなたに敗色を見ることはなかった。
  「俺とお前は同類だ」
 白龍は庇ってくれたれど、私はその言葉に呆然とした。 
  「あなたとわたしは違う」
  「わたしは戦いを楽しんだりしない」
 多分こんなことを言って一生懸命否定したけど、私には分かっていた。  

     そう…わたしとあなたはたぶん……一緒。


 最後の戦いになる壇ノ浦。何度も廻った運命であの人は必ずいる。戦いを引くことなんて知らない。戦いをすべてにしてしまった人。
  「還内府はどこ」
 乗り移った船で還内府を探す。あの人には会いたくない。会えばきっと終わってしまう。
  「妬けるな。還内府とは」
 あの低く、私を捕える声。出会いたくはなかった。もう終わりはそこまできてしまっている。どんな言葉を紡いでも、あの人の意思を止めることできない。
  「いいわ。戦いましょう」
 悲しくも紡げる言葉はそれだけ。本当はもっと違う言葉を紡ぎたかった。勝負は度重なる戦いで腕が上がった私の方に勝敗が上がった。私の刀が彼に突き刺さる。二振りの刀がゴトリと重い音を立てて落ちる。まるで私たちの関係を隔てるために。血にまみれた手で私の腕を引っ張った。バランスを崩して彼の胸の中に倒れこむ。刀で交わし合ったことは何度もあるのに体に触れるのは初めてで。
  「なにを泣いている」
 彼は私の頤に手をかけ、私の目を捕らえる。
  「泣いているのは私だけど、この涙はあなたよ」
 精一杯睨んだ。なにに対して負けたくなかったのだろう。この運命しか用意できない自分か。この運命しか選択しない彼の人か。ただ、彼には弱いところは見せたくなかった。
  「そうか。これは俺か…」
 まるで宝石を扱うように私の頬をなでる。
  「お前は、最後まで俺を熱くさせる」
 私を触れていた手が遠のく。彼の後ろには青い海が誘うかのように広がっている。
  「見るべきものは、すべて見た。栄光も繁栄も破滅さえも…。最後にお前とやれて俺はつくづくついている」
 彼は空を見上げた。最高に満足した表情で。私は悟った。やはり彼と私はここで断絶するのだと。
 空から視線を移し、私を捕える。
  「じゃあな。源氏の神子」
 彼はまるで吸い込まれるように、海に身を傾け、海に帰っていった。
  「ばか。どうせ行くなら…私を捕えないでよ。こんなにも私は泣いているのに」

    私は彼をこうして見送った。

あとがき

 望美の思い出のようにしてみました。
 泣くはわれ 涙の主はそなたぞ 
  (泣くのは私。でも涙の原因はあなたですよ)という和歌をイメージして作りました。
 閑吟集は遥かより後の時代のものですが、楽しんでもらえたら幸いです。