恋は曲者

 
 兄さんの言い分に頷くわけではないのだが、最近、先輩は変わった。なんというか、女らしくなった。譲は兄が言った言葉を思い出していた。両親が外出し、久しぶりに兄と二人で食事を取ったときのことだ。兄は譲が望美のことをずっと好きなことは知っている。無論、兄が望美に対して好意を持っているを譲は理解していた。
 だから、二人きりのときはあまり望美のことを話題にしないようにしていた。話題にすればやぶへびになることは分かりきっていることだったからだ。両親がおらず、将臣と二人きりというのは意外と気まずい。取り留めのないことを話してその場をしのぐつもりであった。
 「なあ、このごろ望美きれいになったと思わないか」
 将臣がいきなり口にした言葉で譲は喉を詰まらせた。将臣は譲のストライクな反応を見て大笑いした。
 「不謹慎だよ、兄さん。先輩をそんな目で見るなんて」
 譲はコップの水を飲みながら動揺を隠した。
 「不謹慎か…。まあ、そうかもな」
 あっさりと将臣は認めた。譲には兄のそんな正直なところが羨ましかった。
 「俺のクラスの男どもが、最近春日がきれいになったと言っていたんだ」
 「兄さんは何と言ったんだ」
 譲は兄の言った言葉が知りたかった。はぐらかすことのうまい兄の本心が聞けるのではないかと期待した。
 「俺は、答えたさ。『あいつは変わんないよ。昔からドジだし、落ち着きもないし、がさつだし』とまあ、あいつのことを言ってやったのさ」
 譲は兄の言葉を聞いて脱力した。そんな譲の態度を見て、予想どおりといった表情をした将臣は食事が終わったらしく食器を流しに片付け、自室に戻ろうとした。
 「まあ、あいつには言わなかったけど。あいつはもともと綺麗だ。最近はさらにきれいになった」
 譲は将臣の言葉に驚き振り返ったが、すでに将臣はそこにはいなかった。



 「譲くん、今帰り?」
 偶然、部活が休みで帰ろうとしたところ望美と出会った。このところ、部活で行きも帰りも一緒になることはなかったのだが、ひさしぶりに一緒に帰れる偶然に譲は感謝した。
 帰り道、望美はクラスのこと、最近の流行のこと、テレビのこといろいろなことを話した。
 「でね、そのテレビのヒロインが言うんだよ。こんな風にね」
 望美はそういうと警報の鳴る遮断機を越え、反対側に向かった。譲は危ないと声をかけたが、遮断機の音がうるさく聞こえない。望美は反対側の遮断機を越えて、後ろを向いていた。そして、望美は振り返り何かを告げた。
 その瞬間、電車はとおり過ぎた。遮断機は上がり、望美が駆け寄ってきた。
 「そのあと、主人公が駆け寄ってきてとってもかっこよかったんだよ」
 望美は嬉々と話をしていた。そのあと、危ないことをしたことをたしなめて、また歩き出した。望美は三歩前を歩いてまた、とりとめのない話をしていた。譲は相打ちを打ちながらさっきのことを思い出していた。
 夕焼けを背に、振り返った望美はいままで見たことのないような笑顔で何かを言った。その言葉は、警報機の音で聞き取れなかったけれども、譲には望美が何を告げたのか分かっていた。それはたとえ演技で、本心でないにしても譲には嬉しかった。
 「来し方より 今の世まで 絶えぬものは 恋という曲者 というところですか」
 そう惚れたほうが負けなのであると譲はなんとなく悟った。
 「何か言った?譲くん」
 望美は振り返った。いつもと変わらない望美。しかし、確実に彼女も成長していることを譲は感じた。
 「いいえ。なんでもありません。さっきの話の続きを教えてください」
 譲はそういうと望美の隣に並んで歩きだした。望美も成長すると同時に譲のこの感情も成長している。
 今はまだ小さく幼いけれどいつか望美に告げる日が来ること譲はささやかながら感じた。

あとがき

 「来し方より 今の世まで 絶えぬものは 恋という曲者 げに恋は曲者曲者かな 身はさらさらさら さらさらさら 更に恋こそ寝られね」
 (はるか昔から今の世まで、絶えないものは恋という曲者。本当に恋は曲者、曲者だ。この身は、さらさらさらに、恋のためにまったく眠れない。)
という和歌から考えた話です。まだ、異世界に行く前の段階のお話です。   
 たぶん、譲の方が将臣より早くから望美を意識していたと思って書いてみました。